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《紹介しよう》
最初に服屋へと馳せ参じたが、こんな遅くに服屋などやっているのかとさえ疑問を抱いた。しかし鼻歌を歌っているドルにカイラはふと思いついて鼻を鳴らした。
(さてはこいつ……。この魅惑的な嬢ちゃんになっている俺を頂こうとしてるな?)
やはりキザはキザでも、男前でもただの男だとカイラは嘲笑する。
この世界のことは知らないがドルから金でも奪って、先ほどの鳳で逃走して後で考えれば良いかもしれないなどと自身の思惑を抱かせた。
――しかし呆気ないほどに、服屋はあったのだ。カイラは間抜け面をしているが、ドルは優雅に微笑んでいる。
「ここだよ。実はバーも隣接しているから俺もよく利用しているんだ。マスターも顔馴染みだしね」
「へ、へぇ~……」
ドルが手を握って促した。
「さぁ行こう。君が似合う服も買ってあげる。パートナーのお祝い記念だ」
「な、あ、あ、あぁ……。ありがとな……」
なにか裏があるのではないかと疑いつつ、カイラを連れたドルが入店した。
軽やかなベルの音色と共にシェイカーを振っている初老の男性がこちらを見た。銀縁眼鏡に白髪を撫でつけた短めの髪はワックスでも付けているのかカッチリと決まっている。服装も漫画に出てきそうな黒い蝶ネクタイに黒ベストを羽織る姿は誰もが丁寧口調を感じさせるほどであろう。
だが現実は違うようだ。
「よぉ、ドル。可愛い嬢ちゃん連れてよぉ、もうお持ち帰りか?」
粗野な言葉でニヒルにシェイカーを振るマスターはカクテルグラスに注ぎこみ、カウンターのカップルに手渡した。カップルはマスターの言葉に耳を傾けず、礼を告げて話している。
「まさか。俺は純情派だから簡単に手は出さないさ」
「い~や。こんなべっぴんさんは見たことがねぇな。――上玉だ」
先ほどのカップルの男性がカイラを見て頬を染めた。隣の彼女が険しい顔つきをしているが、気にも留めず魅惑的なカイラの顔も身体も、胸も尻も舐めるように、犬のように見ている。
ガタンッと音を立てたかと思えば彼女は男性へ捨て台詞を吐いて去ってしまった。男が落胆している様子を見てカイラは馬鹿だななんて感じてしまう。
マスターが振られた男性へ「飲み物呑むか?」などと注文を伺った。男性はギムレットを注文した。
バーなどに人生で一度も行ったことがないカイラはギムレットの意味を知らない。
「じゃあマスター。洋服見たいんだけど、いいよね?」
「お前はなに言っても聞かないだろう?」
「あたり~。じゃ、カイラっ! 服、選んできてごらん」
背中を押されて店の奥へと入れば洋服がずらりと並んでいた。レジにはメイド服にショートブーツを履いた少女が煙草を吹かしている。
赤い髪をなびかせた長髪に灰褐色の瞳をした小さな少女はドルがひらりと手を上げると、大きな瞳を瞬かせた。
「やぁパル。昨日ぶり」
少女は戸惑いの見せるカイラに向けて煙を吐き出した。自分も煙草を吸っていたからわかる。――これはかなり度数のあるニコチンの匂いと色だ。
煙が青白い。この少女の小さな肺はすぐに侵食されるのではないか。
「……よくわからないが、この女に服を見繕ろう」
「ありがとね。パル」
ドルがにこりと笑えばパルは深く息を吸い込んで吐いていたのだ。
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