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《始動》
吸い終わった煙草を吸い殻が溜まっている灰皿に押し付けたパルは、立ち尽くしているカイラに詰め寄った。
灰褐色の瞳は生気がないようでゾンビのような感じがする。
「おい、行くぞ。私がお前の服を見繕ってやる」
「あ、う……うん」
カナリアのような高い声と舌ったらずな口調に可愛さを抱かせつつ、カイラはヒールの音を鳴らす少女の後をついて行った。
服を選んでいくパルは初めに無難なゴシックワンピースを着させた。カイラは不服そうだがレースをあしらえたミニのワンピースにミリタリーブーツ姿にドルは気に入った様子だ。
「それにしなよ。買ってあげるからさ」
「い・や・だ! スカートはこりごりだ」
「私の見立てに不満があるのか、女?」
「あ、いや~。嬢ちゃんに不満はないんだけどな……」
不平不満そうなパルにやんわりと訂正をすると、彼女の後ろにあった服装が気になった。そういえば着替えていた際にも鏡を見れば腹部の鳳が刻まれ、背中には虎と花吹雪が散りばめられていた。
自分が生きている刺青を持っているのだから、しっかりと管理したいなとカイラは洋服を手に取り「これにする」そう言って試着室に入ったのだ。
先ほどの服よりも早い時間で現れたのは、はち切れんばかりの赤い水着に下はデニムのパンツスタイルにミリタリーブーツを履いて、グローブを嵌めていた。
パルが目を見開いている。当たり前だ。腹部にも背中にも刺青が彫られているのだから。
逆にドルは太い息を吐いて「やっぱり露出狂なんだ……」などと呆れているではないか。露出狂ではない。ただ男の頭脳をしているカイラは良い女はこういう服を着て欲しいという願望があるようだ。
カイラが満足そうな顔をした。
「これなら文句はないぞ。じゃあ買ってくれっ!」
「……買ってあげるけどさ、ちょっと待ってよ。――パル、俺と同じで羽織る物ちょうだい」
「あぁ」
するとパルはヒールブーツを鳴らしながらドルが羽織っている橙色のパーカーをカイラに授けた。
ドルは比較的ラフな格好で橙色のパーカーに中が黒い服を着ており、ベルトを巻いてだらりとした黒のパンツを履いている。靴はパンツと同じで黒の革靴だ。
「……なんでパーカー羽織るんだよ?」
「君が変な男に引っかかんないようにね。まったく、浮気性の彼女を持つのは大変だよ」
「彼女じゃない。パートナーだ」
「いずれ彼女に昇格する予定だから」
「……はあ?」
また意味がわからない様子のカイラにドルは会計を済ませ、パルに礼を告げた。パルはまた煙草を吹かせば、カイラの手を取ってバーに向かう。
バーにはマスターしか居なかった。先ほどの男性客は帰ってしまったようだ。
マスターはシャンパングラスに液体を掻き混ぜて席へと着くドルとカイラに差し出した。
薄紅色の液体はどこか炭酸のようなシュワシュワとした音が聞こえた。
「カシスとシャンパンをベースにしたキールロワイヤルだ。最高の出会いに、乾杯!」
マスターがニヒルに笑えば、ドルはグラスを傾けてカイラと合わせた。カチンと音がしてカイラも一緒に呑んでみる。
甘さと共に苦みがある初めて呑んだキールロワイヤルは、最高の味がした。
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