《事故》

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《事故》

 疲れがピークに達してきたが、今日もなんとか終わりそうだと左右田(そうだ)(48歳)が疲弊を込めた吐息を漏らす。  彼は配送業で見事に鍛え上げられた足腰に上腕二頭筋が逞しく、胸筋も胸が張れるほどだ。……だがオヤジ臭いので寄ってくる女は居ない。  関りがあったのは同じトラック運転手として働いていた若い女性社員であったが、退職してしまい今は行方を知らない。 「あー、疲れた。あとは何件だ……? えっと……」  煙草を吸いながらリストを見て舌打ちをする。まだ全然終わっていない。これじゃあ深夜の残業が確実ではないか。  左右田はセブンスターを吸い終えて煙草ケースに押し込んだ。煙草ポケットは吸い殻でいっぱいだ。早く処理をしなければ溢れてしまう。  コンビニで購入した味気ない総菜パンと栄養ドリンクを仰ぐほどに飲み干した。 「うしっ、いっちょ行くか!」  頬で手を叩いて左右田はトラックを発進させた。  夜の配送も笑顔が大事である。あとは丁寧さや腰を下げるのも大事だ。クレーマーに対しては真摯とは向かわずともとりあえず謝罪をし、最悪コールセンターに問い合わせるようにしてもらう。  もしかしたら退職してしまった女性社員はこういうのが苦手だったのかもしれない。 「荷物お届けにあがりました。瀬田(せた) 幸之助(こうのすけ)さんで大丈夫でしょうか?」 「あぁ、そうだ。いつも悪いね」  玄関先で出迎えてくれたのは杖をついた瀬田という老人だ。彼は通販で健康サプリや健康飲料などでこの配達を依頼しているお得様である。  左右田は笑みを深めた。 「いえいえ。こちらの方こそ、いつも利用して下さりありがとうございます」 「君がいつも配送してくれるから助かるよ。この仕事も辛いだろうけれど、頑張ってくれ」 「はい、ありがとうございます!」  にこりと互いに微笑んで「それでは」と左右田はトラックへ戻った。残りは9件。この調子ならば深夜の残業を避けられそうだ。  左右田はトラックに乗り込み発進する。早く仕事を終わらせて風呂上がりのビールを飲みたい。――そんな時。  光るライトが照らされたのは杖をついた瀬田であった。なんと物陰から現れたのだ。 「やばっっ!!!!」  急ブレーキをかけてトラックを止めようと思ったが、瀬田が近寄ってくる感覚を覚える。だからハンドルを切って右に動かした。……右側には電柱が。  ガツンッ!!! けたたましい音が鳴り響く。  窓ガラスに打ち付けられ生温かい液体が滴る身体で――左右田は瞳を閉じた。
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