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8歳か9歳のとき、祖父へ聞いてみたことがある。
「……なんで、泣いても何もならないのにさ、人って、泣くのかな?」と。
「……うーーーん……」と祖父は考えてから、こう述べた。
「……たしかに、何もならないかもしれないなぁ。……けれど、気が晴れるだろう……」
「……き、が、はれる?? どーいうこと?? じーちゃん?」
「……うん。気が晴れるってのは、大事なことなんだよぉ……ぅ……ごほん、ごほん、ごほん……っ……」
咳き込み、ぜいぜいと全身で呼吸していた祖父は、私が11歳のときに亡くなった。
それから、12年後…………23歳の頃のこと。
私には当時、恋人がいた。
ある駅舎内で雨宿りしていた彼と私はお喋りして、雨が上がるのを待っていた。
濃い灰色の雲が風で流れてゆくと、日光が地面を照らす。
傘を持っていなかった彼と私は駅舎から出て手をつなぎ、雨で濡れて黒くなっている道路を歩き出した。
……ここで、誰かが「どうして地面が濡れているんですか?」と聞いてきたとする。
私らが「雨が降っていたからですよ」と教えたら、その誰かは地面の状態から「そうか、自分の知らない間に降雨があったということか……」と認められるだろう。
いつもいつも歩いて、慣れ親しんでいる道が、何度も見ている風景が、好きな相手と一緒に進むと、別物のように感じてしまう。
これは不思議なことだけれど、どんなに心地よいものか、楽しいものか、素的なものか、美しいものか、新たな発見があるものか、その場その場で感じ取っては、心身が震えて、生気がよみがえる。
……若かった私はこの瞬間がどこまでも続けばいい、と考えていた。
私は暗い豪雨の中にいたのにもかかわらず、明るい快晴の下にいるのだと信じて疑わなかった。
濡れた道を歩く私が「手……大きいねっ」と笑顔を見せると、「そう? ……香澄の手はかわいい……」と彼は返し、微笑んでくれる。
水たまりをよけた私と彼は再び、手をつないだ。
橋の上を歩き始めてから、彼が言った。
「…………。なぁ、香澄……ありがとうな……」と。
「……ん〜??」と私。
彼の腕に私は顔を擦り寄せ、聞いてみた。
「……何が、ありがとうなの〜? ……ねぇ、なになに? ……私と付き合ってるのが、嬉しいってこと言ってるの?」
彼は「……う、うん……」と首を縦に振ってから、続けた。
「まぁ……それはもちろん、そうなんだけど……他にもいろいろ……だよ……」と。
「……ふ〜〜ん」と返した私は、橋の中央付近で遠くに虹が出ているのを目にした。
「……ほらっ、見て見て、虹が……!!」
立ち止まった私が指さすと、彼もそれに気がついた。
「……おお! ……ほんとだ……へぇ〜〜〜」
「…………。……あのさ、虹が地面にくっついてるところ、虹が始まってるところって、どうなってるんだろーね?」
子供の頃から私が気になっていたことだった。
「……ん? ……んーーー……どうなってんだろうなぁ〜〜? ……見たことないからな……そーだ、今度、二人でどうなってんのか、車で見に行ってみようか?」と、彼は言ってくれた。
「……いいね〜〜」と私。
うまくいった関係もあるし、うまくいかなかった関係もある。
私は彼と虹が生まれる場所を探しには行けなかった。
複数の出来事が重なり疎遠になってから、ところどころで目に入るその姿に私はどれほど、胸が締め付けられただろうか。
あのときに見た虹よりも、遥かに遠い場所へと彼は旅立っていった。
……生まれ持った役割が異なる。
各々が別々の色を必要なところへ必要な分だけ届ける。
私が青色の光を放つのなら、彼は赤色の光を放たなければならない。
引き留められるわけがなかった。
…………今はわかる。
祖父の言っていた、気が晴れることの大事さが。
永遠に降る雨や、消えない虹が出続ける不自然さは願わずに、あるとき雨が上がって、虹を望めることの大切さが。
それから……指さす先に、その向こうには求める光があり、それぞれが探している虹の色を見つけられるのが、今はわかる。
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