溺愛幼馴染

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 高臣が徐々にわかってきた。ただ表現が間違っていただけで、陽彩をとても大事にしてくれていた。そう思うと、「また過去の意地悪な高臣に戻るのでは」という不安は消えていく。本人も反省を見せているし、そうならないことがはっきりわかって、安心して彼といることができた。 「ここはね、この公式を使うんだ」 「うん」 「それで――」  高臣の部屋で勉強を教えてもらう。高臣は頭がよくて授業の内容をすぐに理解できるけれど、陽彩は躓いてしまう。そのたびに助けてくれて、感謝しかない。 「できた」 「理解できると簡単でしょ?」 「うん。ありがとう」  帰ったら復習しよう、と教科書とノートを通学バッグにしまう。それまでに忘れないようにしなければいけない。 「陽彩はえらいな」 「どうして?」 「だってちゃんと努力するから」 「どういうこと?」  高臣がどこか力のない瞳を見せる。どこか心細さを感じる面差しにどきりとする。 「俺は努力しようと思えることがなくて。そこまで真剣に頑張ろうって気持ちになれない」 「そのわりに頭いいじゃない」  自嘲するように口角をあげる姿は、知らない人のようで寂しくなる。高臣のことはよく知っていても、それは光の部分だけのようだ。心のうちにある影に触れ、なぜだかもっと高臣を知りたいと思った。 「なんでだろうね。俺は陽彩に勉強教えてもらいたいのに」 「なにそれ」  おかしな願望に小さく笑うと、高臣が真剣な瞳で見つめてきて身体が動かなくなる。それはあまりに強い視線だった。 「好きだよ、陽彩」  かあっと頬が熱くなり、慌てて顔を背ける。高臣は優しい空気をまとったまま陽彩に両手を伸ばした。ゆっくりと、陽彩の顔の形を確認するように頬から顎を撫でられ、心臓がばくばくと激しく脈打つ。そっと顔の向きを戻され、高臣とまっすぐ見つめ合う。 「努力したいこと、ひとつあった」 「え?」 「陽彩に好きになってもらえるようにっていうのは頑張ってる」  幸せそうに微笑まれ、また脈拍が異常になった。やはり顔を見ていられなくて、視線だけ部屋のすみに逃がすが、それでも胸の高鳴りはおさまらない。  時折、陽彩が想像もできない表情をする高臣に翻弄される。それはどこか甘い疼きを心にもたらし、さわさわとくすぐられるような感覚は心地よくもあった。 「お、俺なんて、たいしたやつじゃないよ」 「ううん。俺には陽彩が一番。だから陽彩の一番になりたい。頑張れる機会があるのが夢みたいだ」  そういえば、高臣とはずっと離れていたのだと今さら思い出す。春休みに引っ越しの挨拶にきてくれた日から毎日会っているから、いることがあたりまえになっていた。  なんとなく、高臣がいない自分を想像してみると、とても寂しかった。 「女子はみんな高臣の一番狙ってるけどね」  恥ずかしい話題を逸らしたくてそんな言葉を口にすると、高臣は不思議そうな顔をした。 「俺の一番?」 「気がついてないの?」  あれほど熱い視線を向けられて、気がつかないはずはない。だが高臣は首を右に傾け、左に傾けてから頷いた。 「陽彩以外どうでもいい」  ころんと横になった高臣が、陽彩の太腿に頭をのせる。見あげられて、またどきりと脈が速まった。 「な、なにこの恰好」 「勉強教えてあげたから、ご褒美」  本当に柔らかい表情をするな、と心が温かくなった。高臣の笑顔を見ていると、穏やかな気持ちになれる。高臣にもこんな気持ちになってもらいたいと思う。そうしたら過去に意地悪をした自分を責めなくなるだろうから。  この男は自分のしたことをひどく悔いている。勘違いがあっても、結果として陽彩が意地悪だと感じていた。それは陽彩が「もう気にしてないよ」と言っても癒やされるものではないように感じた。そこから解放してあげたいなどと、過分なことまで考えてしまう。 「高臣?」  静かな呼吸が聞こえて顔を覗き込むと、高臣は陽彩の膝枕で寝ていた。可愛い寝顔に口もとが自然と緩む。柔らかくてさらさらの髪を撫でたら、寝顔がほどけた。 「可愛い」  まさか高臣をこんなふうに思う日がくるなんて、想像もしなかった。  暖かな夕方、なにかが心に灯っているのを感じた。
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