溺愛幼馴染

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 翌日、昼すぎにインターホンが鳴った。両親は買い物に出かけていたので陽彩が出ると、そこには会いたくないあの彼が立っていた。 「陽彩?」 「……高臣くん?」  まさか昨日の今日で再会するとは思わず、身体が固まった。一七〇センチに少し足りない陽彩が見あげる身長の高臣は、昔と変わらない色素の薄い髪にブラウンの瞳で、懐かしさより苦味を感じさせた。黒髪の陽彩は幼い頃、彼の綺麗な髪の色だけは好きだと思っていた。もともと整った顔立ちだったことは覚えているが、こんなに王子様のようにできあがるものなのか。 「久しぶりね、陽彩くん」 「あ、おばさん……お久しぶりです」 「お母さんは?」  不在であることを話すと、「じゃあ出直すね」と微笑んだ。おっとりした笑顔はそのままで、少しほっとした。背を向ける母親に対して、高臣は動かない。 「俺は陽彩と話がしたいから先帰ってて」 「えっ」 「わかったけど、あまり長い時間お邪魔しちゃだめよ。片づけも済んでないんだし」  わからないで連れて帰って、と縋る視線を向けても高臣の母親には届かず、なにも疑うことなく隣の家に戻ってしまった。 「入っていい?」 「い、いいけど」  部屋には連れていきたくないが、他に場所がない。 「久しぶりに陽彩の部屋にいきたいな」  リビングにいく気だった陽彩は動きを止めた。恐る恐る高臣を見あげる。本当に身長が高くなった。昔は同じくらいだったのに。 「俺の部屋は……ちょっと散らかってて」 「片付け手伝おうか?」 「えっ」  新手の意地悪が始まるのか、とびくびくする。そんな陽彩を見た彼は苦笑した。 「意地悪なんてしないよ」 「……」  顔に出ていただろうか――頬に触れてみるが、自分がどんな表情をしているかはわからなかった。 「絶対だよ」 「うん」  約束してから部屋に連れていった。本当の本当に意地悪してこないだろうか。 「綺麗じゃん」  部屋に入った高臣はぐるりと室内を見ました。あまりじろじろ見られるのも恥ずかしい。飲み物を持ってこようとしたら止められた。 「昔は片付けが苦手だったのに、きちんと整理整頓してるんだね」  えらい、と言うように頭をぽんぽんと撫でられ、あれ、と不思議に思った。なんだか意地悪な高臣とは雰囲気が違うように感じる。見あげると優しい微笑みを浮かべていて、違う人のようだ。 「本当に高臣くん?」 「そうだよ」 「あの高臣くん?」 「『あの』は、『意地悪な』高臣かって聞いてるのかな」  まずい、と冷や汗をかく。こんな言い方をしたらまた意地悪をされる。だが高臣は表情を変えず、優しく笑んでいる。 「そう。俺が『意地悪な高臣くん』です」 「……」  昔とまったく違う穏やかな笑顔と声音が信じられない。なにか裏がありそうだ。そのうち意地悪が発揮されるかもしれないから、気をつけなければ。ぐっとこぶしを握って気合いを入れていると笑われた。 「変わらないな、陽彩」 「高臣くんは……ちょっと違う感じ」 「高臣でいいよ。俺も陽彩って呼んでるんだし」  こんな人だっただろうか。「陽彩が俺を呼び捨てなんて生意気」くらい言ってもおかしくない人だと思っていたのに。 「陽彩はどこの高校?」 「N高だけど」 「同じだ」  最悪だ。肩を落としそうになるのを堪えて平静を装う。 「そうなんだ?」  引き攣った笑顔を向け、楽しい高校生活を送れないことが確定したことにより、今度こそ肩を落とした。今からでも違う高校にいってくれないだろうか。高臣はそんな陽彩をじっと見ている。 「なに?」 「陽彩、すごく男の子っぽくなったと思って」 「男だし」 「うん。ごめん」  謝った……あの高臣が。愕然としているとまた頭をぽんぽんと撫でられた。 「背も高くなって、しっかり高校生だね」  陽彩より背が高い高臣に褒められるのは変な感じだが、素直に受け取った。だが、まだ裏があるのではという疑念は抱いている。 「高臣く――た、高臣はすごく背が高くなったね」 「恰好よくなった?」 「うん」 「よかった」  これだけ優しい微笑みならばもてることは確実だ。この笑顔が放っておかれるはずがない。見た目はよくても中身は最悪だけれど。 「どうしてた?」 「え?」 「俺が引っ越してから」  意地悪をされなくなってのびのびしていたと答えるわけにはいかない。こういうときはなんと返すべきか。 「特になにごともなくすごしてた」  うまい答えが見つからず、当たり障りのない返答にいきついた。高臣は情けなく眉をさげる。 「俺は陽彩のそばにいられなくて、すごく寂しかった」 「えっ」 「ずっと会いたかった」  なんの罠だ、と身がまえる。高臣はこんなにしおらしいことを言う人ではなかった。幼い頃はすぐに「陽彩はどんくさいな」と笑ってきたのに。 「だから、また戻ってこられて嬉しい」  満面に喜びを表す高臣は本当に別人のよう――いや、別人としか思えない。なにかあったのだろうか。優しい人と魂が入れ替わったとか、記憶喪失になって性格が変わったとか。 「高臣は本当にあの高臣くんなの?」 「そうだよ」 「頭ぶつけたとかした?」  ここまで別人だと心配にさえなる。なにか病気や事故があったのかもしれない。 「頭はぶつけてないけど、いろいろ反省したんだ」  恥ずかしそうに頬を染めた高臣は足もとに視線を落とす。どこか落ち込んだような雰囲気に、やはり別人だと思った。昔の彼はいつも自信に満ち溢れていて、反省なんて言葉は知らないという様子だった。 「俺、陽彩に意地悪してる自覚なんてなくて。可愛いなあと思っていたのがうまく伝えられてなかったんだ」 「可愛い……?」 「うん。成長してから思い返すと、どれもこれも、どう考えても意地悪していたようにしかとれないって自分でもわかった」 「ごめん。可愛いって誰が?」  まさか陽彩のことではないだろう。 「陽彩。すごく可愛い」 「……」  やはりこれは高臣ではない。絶対に偽物だ。高臣はこんなことを言わない。怖くなって少しあとずさる陽彩に不思議そうな顔をするこの人は、いったい誰だ。 「陽彩?」 「……誰?」 「え?」 「高臣の偽物!」  逃げ出そうとすると肩を掴まれた。身体が竦み、動けなくなる。 「偽物じゃない。本当に俺だよ。新條高臣」 「本当に?」 「うん」 「じゃあ頭ぶつけておかしくなったんだ」  おかしいのは陽彩だよ、と苦笑する高臣は本物だと言うけれど信じられない。あの意地悪だった彼が、こんなに優しい男に変わるなんてありえない。 「あのさ」 「な、なに?」  今度はなにが飛び出してくるのか。綺麗な唇をじっと見ると、照れたように高臣の頬が赤くなった。 「そんなふうにじっと見られると緊張するな」 「緊張……」  高臣が緊張。いちいち驚いてしまう。人間なのだから緊張くらいしてあたりまえだが、昔の姿を知っているとまったく理解できない。 「今、つきあってる人いる?」  唇から目に視線を移し、質問の意図がわからず首をかしげる。彼女がいない陽彩を馬鹿にする発言ではなさそうだが、それならばなんの意味を持つのだろう。 「いないよ。俺なんてもてないし」  陽彩が好きになったとしても振り向いてもらえることはない。地味顔で平凡な陽彩に彼女なんて、どうやったらできるのか。 「本当? みんな見る目ないなあ」  嬉しそうに頬を緩めた高臣は、右手をあげる。 「立候補します」 「は?」 「陽彩の彼氏に立候補する」  唖然とする陽彩を見つめる瞳は、昔の姿が嘘のように優しい。 「俺、陽彩が大好きだから彼氏になりたい」  衝撃的な宣言に、陽彩はしばらく動けなかった。
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