溺愛幼馴染

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「陽彩、同じクラスだよ!」 「う、うん」  クラス分けの貼り出しには「佐坂(さざか)陽彩」と「新條高臣」が縦に並んでいる。クラスくらい分かれてくれてもよかったのに、と思うが口にはしない。並んでいる名前を神妙に見つめる陽彩の隣で高臣は浮かれている。 「出席番号が並んでるみたいだから、しばらくは陽彩が俺の前の席なのかな」 「どうだろう」  はっきり言って、高臣への対応に迷っている。昔とはあまりに別人すぎて、どう接したらいいかわからない。高臣はとにかく甘くて優しい。  どうしたものか、と悩みながら歩いていたら躓いた。まずい、と思うと同時に隣から腕が伸びてきて支えられた。 「大丈夫?」 「うん……。ありがとう」 「手繋いでおこうか?」  心配そうに顔を覗き込まれ、必要ないことを示すために思い切り首を横に振る。過保護なまでに陽彩を気遣う姿は過去からは思い浮かばない。陽彩がちょっとしたことで嬉しそうにするとそれ以上に幸せな顔をするし、なんでもないことも可愛い可愛いと愛でられているように感じる。どうしたらいいのか。  ついでにいえば、周りからの視線がすごいのも「どうしたらいいのか」だ。女子から高臣に向けられる視線が、そばにいる陽彩にも突き刺さる。あまりにぎらぎらしていて怖いくらいだ。 「陽彩、教室いこう」 「あ、うん……」  高臣本人はこういう視線に慣れているのか、まったく気にしたふうではない。同じ男として、それもある意味悔しいけれど。  そんな陽彩の気持ちを知らない高臣は、やはり幸せそうに陽彩の背中を押す。早く早く、と急かされて足を前に出す。なんだか知らないけれど、毎日とても楽しそうにしている高臣を見ているのは悪くないのが本音だけれど、それは本人に言えない。高臣相手に素直になることがどこか面映ゆいのだ。  教室につくと席は高臣の願いどおり陽彩と彼で前後に並んでいた。 「陽彩のそば、嬉しい」  心底幸せそうな高臣は、自身に向けられている熱い好意の視線に気がついていないのかもしれない。陽彩が引くほどなのに、当人は陽彩しか見ていない。 「陽彩、ひーちゃん」 「えっ」 「小さい頃は『ひーちゃん』って呼んでたね。また呼んでいい?」  突然幼いときの呼び名が出てきて恥ずかしくなる。「だめ」と小さく答えると、高臣は残念さを隠さず落ち込んだ。かと思ったら、陽彩の制服の袖をついとつまむ。 「なに?」 「俺のほう見てくれた」  ただ視線を向けただけでこんな喜び方をされたら戸惑うしかない。頬が熱を持つのを感じて、わずかに俯き高臣の視線から逃げる。 「そんなことしなくたって見てるだろ」 「もっと見てほしいんだよ」  高臣はまた袖をつまんで引っ張り、陽彩がちらと視線を向けると嬉しそうにまた袖を引っ張る。なにが楽しいのかわからないが、繰り返し同じことをするので陽彩も高臣の制服の袖をつまんでみた。 「可愛い。俺はいつも陽彩を見てるよ」 「……」  意地悪な高臣がこうなるなんて、誰が想像しただろう。世界中の幸せをひとり占めしたような笑顔はとても綺麗だ。  勝てないな、と肩を落とすと、派手な雰囲気の女子が四人近寄ってきた。その目は高臣に向けられている。 「新條くん」  わざと甘く出している声が耳にまとわりつく。自然に話しても可愛いだろうに、と思いながら陽彩は少しあとずさる。気迫がすごい。 「なに?」 「連絡先交換しない?」  そうやって攻めてくるのか、と妙に感心しながらやりとりを見守る。できることならば席を立ちたいが、高臣が袖をまだつまんでいるので叶わない。 「なんで?」  わざわざ聞くことではないだろう。明らかに高臣の彼女の座狙いだ。だが高臣は女子たちを一瞥して、すぐに陽彩へ視線を戻した。なぜか陽彩が、剣呑な雰囲気にひやりとする。 「さっきからすごく恰好いいなって思って見てたんだ。一緒に遊びにいったりしたいし」  女子のひとりが負けじと言葉を連ねる。不機嫌そうな高臣は、陽彩をじっと見ていて、女子に視線を向けようとしない。 「佐坂くんも、よかったら交換しない?」  ついでに陽彩にまで連絡先を求めた。地味な陽彩など目障りなだけなのが、はっきり見て取れる。女子のひとりが陽彩の肩に触れようとして、その手が払われた。 「だめ」  高臣が険しい表情で、ようやく女子たちを見た。 「陽彩に触るな」 「高臣……」  威嚇するような見たことがない高臣の不穏な表情に陽彩は驚き、息を呑む。一瞬言葉を失った女子たちだったが、すぐに笑顔をはりつけた。 「ごめんね。じゃあ高臣くんの連絡先教えて?」  ちゃっかり名前呼びにしているあたり、けっこう図太い。自分が可愛く見える角度まで知り尽くしていそうな女子は、小さく小首をかしげて高臣を見つめる。 「あっちいって」 「え?」 「陽彩は渡さない」  この状況でどうして陽彩なのだ。女子たちの目的はどう見ても高臣だ。だが、高臣は本気で陽彩を奪われまいとしている。なにかがずれている。 「た、高臣、そういう言い方は……」 「だって、こいつら陽彩を誘ってる」  違う、とつっこみたいが、あまりに真剣な表情に声が出ない。重い空気が教室中に伝染してしまい、皆こちらを見ている。 「じゃあ、またにするね」  女子たちがそそくさと去っていき、緊張がほどけた。周囲から再びざわめきが聞こえはじめてほっとする。注目されることに陽彩は慣れていない。  あの様子では「また」はないだろうな、と思いながら離れていく背に視線を向けると、頬を包まれて高臣のほうを向かされた。 「俺以外見ないで」 「……」  高臣は困ったやつになった。
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