溺愛幼馴染

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「陽彩、可愛い」  いつものように頭を撫でられ、その手を振り払った。力を入れたつもりはないが、ぱしっと妙に大きな音がした。 「恥ずかしいよ」  ふたりでいるときならばいいのだが、今は教室だ。周りの目があり、陽彩は恥ずかしさから冷たく高臣から逃げる。 「人の目なんていいじゃん」 「よくない」  ふいと顔を背け、ちょうどよく予鈴が鳴ったのを理由にして椅子の向きを直す。冷たく言いすぎただろうか、と心配になってきてうしろの席をちらと見ると、高臣は先ほど陽彩が振り払った手を呆然と見つめていた。 「……もしかして、陽彩はずっと嫌だった?」  控えめな声に、振り返って頷く。向かい合う表情は悲痛に歪んでいった。 「恥ずかしいって何度も言ったはずだよ」  嫌とは違うけれど、羞恥は感じている。心がくすぐられる感覚以上に、自分が高校生男子だという意識が、頭を撫でられて素直に喜ぶのをどうかと思う。  再び黒板のほうを向き、なんとはなしに息をつく。 「ごめん。気がつかなくて」  背後から小さな声が聞こえた。それきり静かになった高臣に、悪いことを言ったかも、と胸が痛む。だが、口から出た言葉はもう取り消せない。それでも、もやもやと引っかかるので、休み時間になったらきちんと話をしないといけない。  話をしなければ――そう思っていたのに話ができない。高臣が休み時間のたびにどこかにいくだけでなく、帰りも先に帰ってしまったのだ。  もしかしたら、怒っているのかもしれない。それほどひどいことを言ったつもりはなかったのだが、人の受け取り方はそれぞれだから、陽彩の想像を超えたものになっている可能性もある。  ふと不安になり、帰宅してから隣にいってみたけれど、先に帰ったはずの高臣はいなかった。どこにいったのだろう、と近所を歩きまわる。ふたりでよくいく公園やファストフード店、コンビニも覗いてみたけれどいなかった。  また明日会えるからいいか、と諦めて自宅へ戻った。  自分の考えが浅かったことを後悔する。翌日は高臣が迎えにこず、隣にいってみたら「先にいったみたい」と高臣の母親から言われた。  そんなに怒っているのだろうか、と慌てて学校にいくと、ぼんやりした様子の彼が窓際で外を見ていた。 「高臣」 「陽彩……」 「どうして先いっちゃったの?」 「……」  視線を逸らす高臣に、なにか様子がおかしいと感じる。こんな雰囲気を持つ彼は知らない。 「どうしたの?」 「……迷惑ばっかりかけてごめん」  なぜか陽彩から離れていく高臣は、自分の席にいって椅子に座ったかと思ったら、机に顔を伏せた。 「具合悪いの?」 「そういうんじゃないんだ」  追いかけて問いかけるが、そっけない答えだけ返ってきた。どうしたらいいかわからず、陽彩もなんとなくそれ以上話しかけにくい。  休み時間に、今日こそきちんと話をしようと思ったが高臣はどこかにいってしまうし、昼休みもすぐにいなくなった。様子がおかしいというより、避けられているように感じる。まさか昨日のことが原因だろうか、と声をかけたくても、すぐにいなくなるのでそれができない。授業中に少し振り返ってみると、目が合って即座に逸らされた。  このまま距離ができるのか。不安になって胸もとを手で押さえた。  ぼんやりした高臣に、チャンスを狙っていた女子たちが話しかけて囲むので、陽彩は余計に声をかけられない。徐々に女子が高臣に群がるようになり、完全になにもできなくなった。  何日経っても近づく隙がなく、高臣もずっと俯いていて、話しかけられても「うん、うん」と心ここにあらずという返事をしているのが聞こえる。盗み見た瞳は虚ろで、心配だけれどなにもできない。女子の中から高臣を引っ張り出す勇気のない自分が悔しかった。  もうずっとこのままなのだろうか、と考えながら高臣を見ていて気がつく。いつも高臣が一緒だったから、他に友だちがいない。誰とも話すことができず、ひとりでぼうっとしているばかりになった。高臣の様子を離れて輪の外から見ていることしかできず、今日も高臣に視線を向けるが、目が合っても逸らされる。陽彩のしたことで深く傷つけたのだろう。きちんと話がしたいのに――。  そんな日が続いて、あるときにひとりの女子がふざけて高臣の背中に抱きついた。それを目にして、胸が絞られるようにひどく痛んだ。女子が高臣に近づくと、こんなにも心が軋んで壊れそうになる。針を刺されるようにじわじわと痛みが広がり、息苦しささえ覚えた。  高臣が気になるのに、姿を見ていることがつらくなっていく。いつもの優しい笑顔も消えていて、抜け殻のような彼を見るとせつなくなる。高臣を囲む女子たちが明るく笑う声がきんきんと耳に突き刺さり、そばにいられない陽彩は悔しさでいっぱいになった。  会話ができず、彼が女子の輪に囲まれている様子をもやもやした気持ちで見つめる日々。帰宅後に隣にいっても居留守を使われる。高臣の母親は素直な人で「『いないことにして』だって」と教えてくれるので居留守だとわかる。虚ろな視線が陽彩をとらえてもすぐに逸らされ、いら立ちさえ覚えはじめた。なぜそうやって目を逸らすのか、なぜ陽彩のそばにいてくれないのか、なぜそんなに傷ついているのか――聞きたいことが山ほどあって、文句も言いたくなった。だが、女子をかき分けることはできないし、輪から引っ張り出す勇気はやはりない。結局見ているしかできず、そんな自分が情けない。 「……寂しいな」  呟いた声は思ったより震えていた。  高臣に近づきたいのに近づけない。彼はもう陽彩への興味を失ったのだろうか。
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