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◇
和史の言葉に、姫子は目を見開いた。
まさか、謝られるなんて予想もしていなかったから。
(それに、おじさまのことは全部私の問題なのに……)
和史に関係のあることではない。
そう言おうとしたのに、口が動かない。わなわなと唇を震わせて、和史を見つめた。
彼は姫子を見つめている。じっと、ただまっすぐに。その眼差しには、幼い頃の面影がある。
心臓がぎゅっとつかまれたような感覚に襲われた。
「い、いえ、これは、私が……」
「……お前がそう思っていたとしても、俺は謝らなくてはならない。悪かった」
和史がそう言って、軽く頭を下げてくる。
姫子はもう、なにを言えばいいかわからなかった。その所為で、息を呑む。
涙を必死に拭った。とにかく、今はこの涙を止めなくては――と。
「ご、ごめんなさい、和史、さん……」
震える声で謝罪をする。彼はなにも言わずに、ただ姫子の背中を撫でてくれた。
その触れ方も、撫で方も。全部幼い頃のままだ。
(彼は変わってしまわれた。そう、思っていたのに)
彼自身も、自分は変わったと思っている。でも、その奥底にはやはり幼い頃の和史が残っているのだ。
姫子はそれを実感して、ぐすんと鼻をすする。
「泣き顔は、あの頃のままなんだな」
ぽつりと零された言葉は、姫子の耳にしっかりと届いていた。けれど、なにかを返すことはなかった。
和史の手のひらの心地に意識を集中させて、涙を引っ込めることを最優先としたためだ。
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