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姫子は幼い頃に何度か、両親に連れられ月橋家の本宅を訪れている。
広々とした庭園の先にある、立派な日本家屋。それは姫子の記憶の中に未だにうっすらと残っている。
厳格な当主と、穏やかな夫人。彼らは姫子を快く迎えてくれて、両親と談笑していた。
それは、もう遠い昔の話なのに――どうして、未だに覚えているのか。それが、姫子にはわからなかった。
和史と共に馬車に揺られ、月橋家の本宅にたどり着く。
馬車から下りて顔を上げれば、視界に入ったのはあの頃と少し違う景色だった。
あの頃は何処か温かみがあったのに、今ではそれが感じられない。否応なしに、流れた年月の長さを思い知らされる。
(ご当主さまと奥さまは、お元気かしら……?)
ぼうっとしつつ邸宅を見つめていると、和史に腕を引かれた。だから、姫子はハッとして彼に続いて歩き出す。
いすずにめかしこんでもらったためか、今の姫子は生粋の令嬢と言っても過言じゃない。
あの日買ってもらったワンピースとつばの広い帽子。和史に腕を引かれていると、まるでお嬢さまにでもなったような気分だ。
(冷え切ったような雰囲気だわ。あの頃は……確か)
和史と、その弟たちが楽しそうに生活をしていたはずだ。
それを思い出して少し困った姫子に、和史はちらりと視線を向けてきた。
「……あれから、色々とあったんだ」
彼が静かな声でそう告げた。
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