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お見合い
そして、あの男……。
あれから営業成績不振で系列の子会社に飛ばされたと聞いた。
会社は私にとって居心地の良い場所になった。当然、私の良くない噂は完全に消え去った。
入社三年目……。
私は副社長付きの秘書になった。異例の抜擢だった。
副社長はとても上品な紳士で、いつも私の入れるお茶を美味しいと褒めてくれていた。
「美味しいお茶を飲んで貰いたい。細やかな気遣いの一つ一つにその人の人格が表れるものだよ。そういう人となら安心して仕事が出来る」
副社長は挨拶に伺った私にそう言ってくださった。
仕事にも自信が持てたし充実した日々を送っていた。
海外への視察に同行させていただいた時も副社長が紳士であることは全く変わらなかった。周りから誤解されるような行動は一切なく心から尊敬出来るボスだった。
*
それから三年という月日が経った。私は二十七歳になり仕事にも余裕を持って臨めるようになった。もちろん秘書という仕事がら緊張感は必要だけれど。
このまま秘書として会社のお役に立てるのなら生涯独身のままでも良いとさえ思っていた。
そんな時、副社長から何気なく言われた。
「早崎君は付き合っている人はいないのかね?」
「えっ? あぁ、はい。いません」
「そうか。君のような人が勿体無いね。いくらでも居そうなものだが」
「このまま秘書課の御局になろうかと思ってますけど」
「君ぐらい優秀な秘書は、そうそう出ては来ないだろうが、やっぱり女性としての幸せを掴んで欲しいと思っているよ」
「私は結婚が必ずしも幸福だとは思いません。仕事を続けられる幸せもあるんだと思っています」
「そうか。何も今すぐ結婚しなさいと言うつもりは私もないんだが、私のような年寄りとばかり居ると若い男性と知り合う機会もないだろう。実は私の昔からの友人に息子さんがいてね。今年で二十九歳になったのかな? 父親の建設会社で働いているんだ。大学では成績優秀だったんだが、イケメンと言うんだろうか? 昔は、かなり遊んでいた頃もあったと聞いていた。でも今は、まるで生まれ変わったかのように真面目に誠実に働いているよ。どうだろう。お見合いなんていうのも古いだろうし、堅苦しく考えなくていいから、会ってみる気はないだろうか? 君が気に入らなければ断ってくれて構わない」
結婚したいなんて考えてもいなかったけれど、尊敬する副社長が、どんな男性を推薦してくれているのか、正直、興味はあったかもしれなかった。
そして、それから一ヶ月程が経って土曜日にホテルのロビーで会うことになった。
やっぱり第一印象は大切だと思ったから柔らかい生地のワンピースで出掛けた。家族には、もちろんお見合いなんて言ってない。
私がロビーに着くと副社長が奥様と待って居てくださった。奥様とは前に何度か、お会いしている。
「ご無沙汰しておりました」
「こちらこそ。きょうは主人が無理を言ってごめんなさいね。迷惑じゃなかったのかしら? 心配していたのよ」
「いいえ。そんなことありません」
「彼とお引き合わせしたら私たちは消えますからね」
「この後、クラシックコンサートの予定が入っていてね」
「そうですか。素敵ですね」
本当に素晴らしいご夫妻だと思った。
「あぁ、来たみたいだね」
こちらに向かって背の高い男性が歩いて来る。
「申し訳ありません。少し遅くなりました」
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