現れた男

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現れた男

「いや、約束の時間にはまだ少しあるよ。早崎君、彼が菅田龍哉君だ。四年前までは営業部で頑張ってくれていたんだが面識はあったのかな?」  目眩がした。どういうこと? お見合いの相手って、この男? 「いいえ。お噂は色々と伺っておりましたが……」 「そうか。じゃあ私たちは、この後の予定があるので失礼するよ」 「菅田さん、早崎さんをきちんとご自宅まで送り届けてね」 「はい。分かりました。きょうはありがとうございました」  男はきちんと頭を下げた。  副社長ご夫妻がホテルのドアを出たのを見届けて 「私も失礼します」  こんな男と一分でも一秒でも一緒に居たくない。 「待ってくれないか? そう言われる事は覚悟して来たんだ。少しだけで良い。僕の話を聞いてくれないか?」 『まるで生まれ変わったかのように真面目に誠実に働いているよ』  副社長の言った言葉が頭を過ぎった。  そんな訳ない。そんなに簡単に四年くらいで人が変われるはずが無い。 「とにかく座ってくれないか?」  私は座った。でも男とは目も合わせない。 「元気だったのか?」 「私が病気にでも見える?」 「いや。元気そうで安心したんだ。副社長秘書なんだって? 君なら、もっと上だって目指せるよ。優秀な秘書だって褒めてたよ」 「そう。秘書課の御局になるつもりだから、生涯会社に残って」 「結婚は? するつもりないのか?」 「男なんて最低の生き物だって教えてくれた人が居るから」 「僕みたいな奴ばかりじゃないよ。副社長のような人格者だって居る」 「あなたなんかと副社長を一緒にしないで」 「そうだな。僕は君が素晴らしい男と出会って幸せになるまで、誰とも付き合うつもりもないし、結婚も勿論しないつもりだから」 「私がどんな人生を送ろうが、あなたには関係ないでしょう?」 「関係あるよ。君がそんな考えになったのは僕のせいだから」 「私のことは放っておいて、二度と現れないでって言ったはずよ。きょう会う相手が、あなただと知っていたら絶対に来なかったわ」 「分かってる。副社長から君のことを聞いたら無性に会いたくなったんだ」 「もう関わりたくないのよ。思い出したくもないの」 「それも分かってる。本当に済まなかった。僕は最低だよ」  そんな迷子の子犬みたいな目をして見ないでよ。私の方が悪いみたいに見えるでしょう? 冗談じゃないわよ。 「きょうは会えて嬉しかったよ。送るから」 「いい。一人で帰れるから」 「警戒しなくても僕は君に何もしないから。とにかく送るよ」  何なの? 何だっていうの? 優しい人みたいに見えるじゃないの……。
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