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人生の帳尻
「何か言う事はないのか? 弁解くらい聞いてやるよ。最後に」
「最後って……」
彩花は頭の中が真っ白になった。
「このまま結婚出来るとでも思ってるのか?」
「でも……。私を愛してるって……」
彩花は涙を零して言った。
「それが間違いだと気付いた。いや、もうとっくに気付いてたんだ。お前の体に溺れていただけだって。婚約は解消だ」
「婚約不履行で訴える」
彩花は涙声で叫んだ。
「どうぞ。そんな事したら暴かれたくない過去まで曝す事になるだけだ。いいのか? お前の正体がバレても。静岡のご両親には俺から話しておく。今夜はここに泊まって明日帰るんだ。ホテル代は払っておくから」
雅也の目が怒りではなく哀れんでいるように彩花には見えた。
「お願い。今夜だけ、ここに居て」彩花は縋った。
「もう一緒に居る理由がない」
「結婚出来なくても、時々会ってくれるだけでいいから」
「もう止めよう。俺たちは終わったんだ」
「いや……」
彩花は泣きじゃくっていた。
「初めから間違いだったんだ。すまなかった」
雅也は自分の荷物を持って部屋から出て行った。二度と振り返る事もなく。
翌日、彩花は一睡も出来ずに憔悴しきってホテルを後にした。
静岡に帰って、まだ結婚退職していなかった信用金庫に勤めた。
雅也から婚約解消の申し出があった時、両親は反論も出来なかった。断られた理由は察しが付く。娘の素行の悪さは良く分かっていたから。
それでも、もしかしたら人並みの幸せを掴めるかもしれない。そう期待していた両親にとって天国から地獄へ突き落とされた心境だった。
親族へのお披露目の食事会に雅也の故郷へ行ったばかりで婚約解消だなんて。
間もなく雅也が岡山に転勤になり、その頃からある噂が広まるようになる。彩花は雅也が静岡に居る間だけの付き合い。転勤と同時に捨てられた。
元々、小さな田舎町。人の噂話は瞬く間に広がる。良くない噂なら尚更。噂の出処は彩花の同僚か、雅也の住んでいたアパートのおばさんか。
その頃から彩花は仕事以外の外出はしなくなっていった。一人で部屋に引き篭もるようになった。笑わなくなった。食べなくなった。
心配した両親は心療内科に通わせた。
彩花は既に精神を病んでいた。
遊びで付き合った男たちはともかく、雅也への思いは本物だったのかもしれない。
そのまま彩花に幸せな時が訪れることは生涯なかった。自業自得と言えば、それまでだ。人を不幸に陥れた報い。
人生の帳尻は、きちんと合うように出来ているものなのだろう。怖い程に。
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