龍哉 (たつや)

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龍哉 (たつや)

 俺には彼女をこれ以上引き止めることは出来なかった。ただ何も言えずに、彼女の後ろ姿を見送った。  さっき彼女に言ったことは、嘘偽りの無い本心だった。  秘書課の女の子たちは高嶺の花。会社のトップといつも一緒に居る彼女達には、迂闊に手は出せない。  早崎 綾。彼女に憧れていたのは事実。  去年の新入社員の中でも綺麗で清楚で上品だと男達の中では噂になっていた。営業の先輩たち、妻子持ちの彼らの中でも人気があったくらいだ。  学生時代から数々の女と付き合って来た俺みたいな男には、とても声すら掛けられなかった。      *  大学に入って初めて好きになった女の子は一年先輩。みんなの憧れの的だった彼女と付き合うようになって俺は有頂天だった。でも彼女からしてみれば、ただの遊びだった。ちょっと気になる新入生をからかっただけの……。  ゼミの先輩と同棲までしていたのは後から知った。ショックだった。  それから女に対する考え方が変わった。来るもの拒まず去るもの追わず、片っ端から付き合った。一晩だけの相手なんて、幾らでも居た。  真面目そうな女の子は本気になられたら困るなんて思ったのは間違い。そういう子に限って経験豊富だったりして、がっかりさせられた。  ちょっと可愛い後輩に、付き合ってくださいなんて頬を染めて告白された。何度かデートして純情そうな仕草が可愛くて久々に本気になった。でも彼女はベッドで豹変した。信じられなかった。  貞操観念なんて言葉は死語なんだと悟った。  別に結婚するまで純潔でいろなんて言うつもりもない。処女を撲滅してるのは、結局、俺達、男なんだから……。  営業に入って来た春野は、彼女の大学時代からの友人だと言っていた。可愛い顔に似合わず、何度か違う男と親しげに歩いているのを見掛けた。やっぱり、ちょっと可愛い子が一番危険なんだと思った。大学時代のトラウマなのだろうか……。  春野には、飲みに連れてってくださいと何度か誘われたけれど、何かと理由を付けて今までずっと断って来た。きっとそれが気に入らなかったのだろう。 「先輩、綾は、やめた方がいいですよ。遊ばれるだけです。綺麗な顔して特別な付き合いの男、何人も居るんですから。大学の頃から」  今思えば、俺が早崎 綾を見ていた視線に気付いていたんだろう。女の子は、そういう事には敏感だから、彼女に近付かないよう嘘の噂を俺に教えた。  我ながら最低だ。春野なんかの言う噂に踊らされて……。  後悔したって済むことじゃない。彼女を傷付けたのは間違いなく俺なんだから。
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