琥珀糖の女

1/3

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ

琥珀糖の女

 その翌日、予想に反して岡本は一度もRHINEを寄越さなかった。彼とは連絡を取り合わないと、大学で顔を合わせることは無いだろうから、泰生も自分からアクションしなかった。にもかかわらず、何となくそわそわしてしまったのだったが。  さらにその翌日の朝。スマートフォンの画面に岡本からのメッセージが現れ、ネットニュースを半分寝ながら眺めていた泰生は、満員電車の中で強制的に覚醒させられた。 『一昨日はありがと。突然ですが、長谷川と話したいって人がいます。女性です』  何やねん、それ。  女だと言えば釣られると思っているのか。というか、何が目的なのかわからなくて怖い。続けてメッセージがやってきた。 『その人は4限に授業があるらしいので、長谷川が今日4限までいるなら、学生会館の入口に来てあげてほしいです』  残念ながら、今日4限目に必修の授業があった。嘘をついて面会をお断りする手もあったが、その女性に悪いような気がするし、岡本に嘘がばれると後々気まずい。  一昨日泰生は小一時間ほど岡本と雑談をして、彼と仲良くしてみたい気になった。管弦楽団への入部が友達づきあいの条件だともし岡本が言うなら、それはそれで構わなかった。今ならまだ、傷は大きくないだろうから。  4限が終わると泰生は文学部棟を出て、帰宅する学生の波とは別の方向に逸れた。じりじりと暑いする中、奥の建物に向かう。  他の校舎と同じくレンガ色の壁を持つ学生会館は、主に文化系のクラブが利用している。クラブボックスと大小の音楽練習場、幾つかの多目的室を、建物内に備えていた。  この大学の正規の音楽系クラブは、現在吹奏楽部と管弦楽団、そして軽音楽部が元気に活動中だ。吹奏楽部のみ下京キャンパスで練習しており、伏見キャンパスで授業を受ける吹奏楽部員は、4限の授業が終わるとスクールバスを使い、下京キャンパスに向かわなくてはならない。  管弦楽団は伏見キャンパスに練習場を持つので、6月までの泰生とは逆に、下京キャンパスから伏見にやってくる部員もいるだろう。そう考えた時、岡本がまさしくそれで、練習日は2年間こちらに移動していたのでは、と泰生は思い至る。すると、キャンパス間移動を理由に吹奏楽部を辞めたと彼に話した自分が、微妙に恥ずかしくなった。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加