琥珀糖の女

2/3

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ
「うおーい、こっちこっち」  岡本は約束通り、学生会館の入口のガラス扉の前に立っていた。彼の横には、彼より頭一つ小さい、黒いスーツ姿の女性が立っている。彼女が就職活動の帰りだと泰生は察した。つまり、4回生だ。  スーツの女子学生は、驚いたことに泰生を知っていた。 「長谷川くん、久しぶり~」  驚いてよく見ると、吹奏楽部でクラリネットを吹いていた、戸山(とやま)百花(ももか)だった。彼女が髪をきっちりまとめていることもあって、遠くからだと全くわからなかった。 「戸山さん……ご無沙汰してます」  戸山も文学部生で、昨年春、キャンパス移動をきっかけに吹奏楽部を退部していた。クラリネットは高音楽器、コントラバスは低音楽器ということもあり、普段の部活中にほとんど接触が無かったので、彼女が退部すると聞いても、別段惜別の思いも湧かなかった。  だから戸山が本当に懐かしそうに自分を見つめるのを見て、泰生は申し訳なくなる。そんな自分を岡本が観察していることには、泰生は気づいていなかった。 「私、こっちのキャンパス来てすぐに管弦楽団入ってん」  戸山は笑顔で言った。全く知らなかった。マジか、と言いそうになるのを、泰生は辛うじて堪える。ここでは暑いし蚊に刺されるので、建物の中に入った。そのまま廊下の奥の、フリースペースに連れて行かれる。  泰生と戸山が椅子に落ち着くと、岡本が部屋の隅にある自動販売機に小走りで向かった。この2人が部活に行かなくてもいいのか、泰生は少し気になったが、戸山は黒く四角い鞄を開けて、小さな紙袋を出す。 「梅田で買ってん、これ美味しいで」  戸山が紙袋から出した箱には、色とりどりのグミが並んで恭しく入っていた。鉱石の標本のようで、美しい。紅茶を3本買ってきた岡本が、しまったぁ、と口走る。 「琥珀糖ですよね? お茶にしたらよかった」  泰生は琥珀糖という名の菓子を知らなかった。グミではないらしい。戸山が箱を泰生に差し出す。 「味はたぶん、色から想像できると思う」 「……いただきます」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加