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目についたピンク色のものをそっと摘む。口に入れると、想像したよりも硬かった。すると突然じゅわっと崩れて甘さが広がり、微かに桃の風味がした。グミでもゼリーでもない不思議な食感と、しつこくない上品な甘味の意外性に、泰生は驚いた。
「美味しいですね」
「やろ? 最近ちょっとこれにハマってて」
そう応じる戸山の横で、岡本も遠慮なく、赤い色の琥珀糖を取る。お菓子で籠絡する作戦かと密かに泰生は警戒したが、当たらずも遠からずのようだった。
「オケでコントラバス弾いたら? 楽器あるで」
「……もう3回の夏ですし、あんまりできひんことないですか」
予想していた問いかけに、用意していた回答を返す。戸山もあっさりと切り返してきた。
「まあそれは、取得単位数と就活の捗り具合によるな」
「俺そんなに自信無いですよ」
「……吹部辞めるって言うた時、井上くんとかに止められへんかったん?」
いきなり出てきた旭陽の名前に、泰生は軽く動揺した。
「止められました、何かそれが逆に……しんどかったんです、だからもう部活はせんとこかなって」
口にしてみると、それもまた事実だったように思えた。人間関係は泰生にとって、いつだって少し面倒くさい。
戸山は、そうやなぁ、と泰生に理解を示す口調になったが、ぱっと翻った。
「あ、でも管弦楽団は、吹奏楽部とそこはちょっと違うかも」
「……え?」
「結構あっさりしてる……そんなこと無い?」
戸山は言葉の最後を、横に座る岡本に向けた。ペットボトルの紅茶の蓋を開けた岡本は、ちらっと泰生を見る。
「どうですかね、俺は比較の対象を知らんので……まあでもくどいとかしつこいとか、練習以外では無いかもですね」
「練習はしつこいよな、それ以外は琥珀糖っぽい、あっさりしてるけど美味しい」
戸山は言って笑った。その表情を見て、この人はオケのほうが楽しいのだと泰生は知る。吹奏楽部時代の彼女を知らな過ぎて、それこそ比較の対象が無いも同然だけれど。
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