呼吸を合わせて出る音は

2/3

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ
 建物の中に入るとさっと涼しくなり、汗がゆっくりと引いてほっとした。パンフレットを受け取り、ホールの扉を押すと、上手寄りの真ん中より少し前に向かう。自由席なので、好みに合う席を確保することが大切だ。  サマーコンサートなので、プログラムにはアニソンなども含まれていた。後半は、クラシックの有名どころを集めたとパンフレットに説明してあるが、曲目を見てぴんときたのは、ベートーヴェンの「運命」の第1楽章だけだった。  客席はそこそこ埋まり、もしかしたら兄の同級生も観に来ているかもしれなかったが、探す気は無いようなので、軽く雑談をしながら開演を待った。やがて予ベルが鳴ると、慌てて客席に入って来る人を待たずに、オーケストラのメンバーが舞台に出て来始めた。こういう流れも吹奏楽と変わらないのだが、チューニングが始まると出てくる弦楽器の音が優雅なので、泰生はふうん、と思う。  当然だが、吹奏楽と管弦楽では楽器の編成が違う。泰生はコントラバスがよく見える席を選んだのだったが、自分の大学の吹奏楽部では2本だけなのに、舞台の上には4本も並んでいた。管楽器は、2本ずつだ。例えばクラリネットは、吹奏楽では下手にたくさん並ぶが、管弦楽では真ん中に2人だけ座っている。  だから管弦楽団が楽しいんか。泰生は戸山百花の気持ちを察した。クラリネットは、この編成ではソロ楽器だ。大勢に埋もれ、存在感を発揮できないパートではない。  客席が暗くなり、舞台の照明が強くなった。指揮者がきびきびと登場し、直ぐに指揮棒を構える。最初の音が出る時、舞台の全員が呼吸を合わせたことに泰生は気づいた。  えっ、と思う。弦も息を吸うのか。吹奏楽では当然、皆楽器を「吹く」のだから、一斉に息を吸う音がする。その中で唯一の弦楽器を担当していた泰生は、音楽の最初の音がある時、ちょっとタイミングがわかりにくいような、乗りにくいような感じがずっとあった。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加