ラブレターに非ず

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ラブレターに非ず

 日曜日、期末試験も近いので、泰生は出かけずに授業のノートの整理をすることにした。近所のショッピングモールでは夏のバーゲンが始まっていて、今日は七夕イベントとして縁日が出るなどするらしいが、混雑にうんざりするだけなので、自宅に引きこもるほうがいい。  泰生の家族は、父と泰生がどちらかというと出不精で、母と兄は出好きである。友樹は母の買い物につき合ってやるらしく、昼食の素麺を皆で食べてから2人だけで出て行った。  父はリビングのテレビをつけて競馬の中継を見ながら、泰生が本やノートを広げるのをチラ見している。競馬が好きな父が、本当は京都競馬場に行きたいことを泰生は知っていた。父が競馬に使う金など知れているのだが、息子たちの学費のためにパートで働いてきた母に遠慮しているのだ。 「もう試験か」  話しかけられて、泰生は父の顔を見た。 「うん、終わったら夏休みやで」 「言うて、吹奏楽部辞めたし何も無いんやろ?」 「そやねん、バイト探そかなと思てる」  父子で緩い会話を交わす。 「おまえら小っさい頃は、毎年夏休みに琵琶湖に泳ぎに行ったなぁ」 「え、兄貴彼女に振られたらしいし、今年みんなで行く?」  泰生は言いながら笑いそうになり、父は考える顔になった。 「水着あらへんし」 「気にすんの、そこかいな……おかんにRHINEしたら、今からモールで水着買うんちゃうか」 「RHINEしてみたろか」  父がスマートフォンを取り上げるので、泰生は今度は笑った。 「しかしあれやな、今はこうやってすぐに好きな子にもメッセージ送れるし、若い奴らはラブレターなんか書かへんのか」  父は母に何を書いているのか半笑いになりつつ、右手の親指を動かす。泰生は真面目に考察した。 「相手の連絡先を訊くのが最大の関門かな、もちろん最初のメッセージもどきどきするけど」 「ああそうか、振られる時はまずそれを教えてもらえへんねんな」  父や母は、社会人になってから携帯電話を個人で持ち始めた世代だ。しかし初期のそれには電話の機能しか無く、手書きのラブレターがまだ行き来していたという。  それを聞いて、普段授業で大昔に書かれた書簡や業務資料について学ぶことがあるせいか、そういうのって悪うないよな、と思う泰生である。
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