ラブレターに非ず

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 その時テーブルの上で、泰生のスマートフォンが震えた。画面に表示されたメッセージの差出人の名に、心臓が跳ねた。  井上旭陽だった。泰生が開封をためらっていると、母にRHINEを送ったらしい父が、何か来たんちゃうか、と言った。  泰生は、ああ、と何でもないような振りをして、スマートフォンを手にした。 「元気ですか。1週間長谷川の顔を見てないとか、ちょっと嘘みたいな感じです。来週からテスト期間に入りますね。頑張ってください。」  旭陽のメッセージには絵文字もスタンプも無かった。ブロックされていないか、確認しているのかもしれなかった。  泰生はやや沈鬱な気分になったが、後回しにすると余計気持ちの負担になるので、簡単に返信しておく。 「テストが終わったら、アルバイトを探そうと思っています。暑いので身体に気をつけてください。」  会う約束さえしない、つまらないメッセージだと我ながら思う。しかし、これ以上伝えたいことは無いし、ましてや管弦楽団の話、たとえば吹奏楽部を辞めた戸山がいることなど、言うべきではないと感じた。  話あんねん。あの日の旭陽の異様に真剣な目を思い出す。苦々しい記憶……誠実に対応したつもりだった。あれ以上、どう返答すれば良かったのか。 「ラブレターか?」 「ちゃうわ」  七夕に来た微妙なメッセージは、そんないいものではないだろう。父の突っ込みにやや鬱陶しさを覚えたその時、母から返事が来たらしく、スマートフォンを見た父が、おっ、と声を高くする。 「水着選びにこれから出て来やへんかって訊いてきた」  父の言葉に泰生は目を剥いた。 「マジなん? 社会人と大学生の息子いてる4人家族で海水浴とか、普通にキモいやろ」  しかし父はその気になってしまったらしく、立ち上がってテレビを消した。 「友樹はな、今年彼女と海に行くつもりやったから、去年の夏の終わりに新しい水着を買っとったらしいわ……」 「兄貴そんなことおかんに言うたん? 捨て身やなぁ」  旭陽とのトークルームをさっさと閉じて、泰生もひとつ伸びをした。結局テストの準備は、今日はあまり進まないまま終わりそうだった。
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