雷雨を凌ぐ

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 観光を諦めた泰生は、仕方なく商店街を下って行った。アーケードに雨が打ちつける音が響く。辺りは薄暗く、道行く人たちも、あーあ、止むまでどっかで待とか、などと諦め混じりで話していた。  泰生は喫茶「淡竹(はちく)」を目指した。せめて雷が去るのを待ち、アイスコーヒーを飲んで帰ろうと思った。雷は好きではない。  雷雨になるのを察して帰途に着いた人も多いのか、喫茶タイムだというのに店は空いていた。店長がやはりデニムのエプロン姿で、いらっしゃい、と迎えてくれた。 「ああ、文哉の友達の」 「こんにちは、めちゃ雷と雨ですね」  岡本の友人と認識されるのはまだ微妙だが、店長が顔を覚えていてくれたので、泰生もつい気安くなった。今は店長が1人で切り盛りしているらしい。カウンターに座り、店内を見回した泰生に気づき、店長は笑顔で言う。 「夏って感じやなぁ……今日は5時に文哉が来るまで俺だけやねんけど、こんな天気やし楽勝や」 「そうなんですね」  この店には窓が無く、表の出入りが無ければ、雨の音も雷の音もほとんど聴こえないようだ。静かに流れるジャズに、泰生はほっとした。 「管弦楽団に入りはるんか?」  アイスコーヒーを出しながら、店長は泰生に訊いた。思わず、えっ、と声が出てしまう。 「あ、いや……迷い中です」  元吹奏楽部員で、コントラバスを弾いていたことも、きっと岡本から伝わっているに違いなかった。 「もう3回生の夏じゃないですか、あんまり活動も出来ひんし」  戸山に答えたのと同じことを、店長に言う。しかし戸山にそう話した時と今では、微妙に自分の気持ちが変化している自覚があった。オーケストラでコントラバスを弾くのは、きっと魅力的だ。
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