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しかし、どうも旭陽を始めとする吹奏楽部の面々に対し、気が引ける。積極的に伝えなくても、何処からか誰かの耳に入るに違いない。
泰生は店内に誰もいないのをいいことに、正直に店長にそう話してみた。そうしてみたくなるような、不思議な包容力を漂わせる店長は、ふんふんと頷く。
「もしかしたら前のお仲間は、多少気ぃ悪いかもなぁ……でも通勤の都合もありはるんやろ?」
「はい、伏見キャンパスで同じ時間練習しても、帰るのはかなり楽です」
「音楽なんて無理してやるもんちゃうで、文哉もここのバイト減らすの演奏会の直前だけや、のんびりチェロ弾いてるわ」
店長の声を聞きながら、アイスコーヒーをストローで吸うと、やはり今日も美味だった。少しガムシロップを減らしてみたが、全然いける。
「……コーヒー美味しいですねぇ」
泰生の言葉に、店長はにかっと笑う。
「涼しなったらホットも飲んでや」
「はい、是非」
店長は泰生がコーヒーを飲むのを見ながら、今度は違う種類の笑顔になった。
「長谷川くんは真面目なんかな、たまにはいろいろ考える前に動くのも悪うないで」
そうなんかな、と思う。この間この店に入ったのは、行き当たりばったりだった。ああでも、確かに悪くなかったかもしれない。
泰生は確認しておきたくなり、店長に訊く。
「あの、寺田屋ってここからそんなにかかりませんよね?」
店長はああ、と目を見開いたが、直ぐに微苦笑した。
「でも今日休みかもしれへん、寺田屋さん月曜不定休やねん」
これは調査不足だった。泰生は自分の迂闊さにがっかりした。
「あ、ありがとうございます、そうですか……」
「クラブ無い日に文哉に連れてってもらい、あいつあの辺に住んでるし」
なるほど。しかしあまり岡本にこちらからアクションすると、管弦楽団に引きずり込まれてしまうので、微妙なところだ。
今日は観光は諦めることにした。雷雨が通り過ぎるまで、この店で過ごして帰ろうと考える。岡本が来るまでには、止んでくれるだろう。
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