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松脂ぱちぱち
「今日4限目俺につき合わん?」
昼休み。岡本から来たそんなRHINEに、泰生が警戒しなかったと言えば嘘になる。
「何すんの?」
「音練場に招待する♡」
岡本は、先週泰生に戸山を引き合わせた時みたいに回りくどい書き方をしなかった。ストレートに用件を言われても、困ることには変わりなかったのだが。
弁当を食べていた箸を止めて、泰生は返答にやや悩む。
「音練場には用事無いけど」
「冷たい言い方(涙)。週末のコンサート面白かったって言うてたし、そろそろ楽器弾きたいかなと思って。。。」
咄嗟に余計なお世話、と入力しかけたが、指を止めた。
吹奏楽や演奏すること自体を、特別好きだったとは思わない。とはいえ、大学生になり吹奏楽部に入部して以来、長期休暇や試験中以外は最低週3日、楽器に触り続けてきた泰生である。
だからかどうかわからないが、岡本の言葉に、何故か気持ちがゆらゆら揺れた。戸山は先週、コントラバスが余っていると話した。練習場で眠っている楽器を、弾かせてくれるというのだろうか。
良い言い訳も思いつかず、誘惑に抗えなかった形で、泰生は3限が終わると学生会館に足を向けてしまった。先週も待ち合わせた入り口のガラス扉の前に、泰生に道を踏み外させようとする男が立っている。
もちろん泰生は、管弦楽団に入部するなどとはひと言も口にしていない。部外者が音楽練習場に入るのは基本的に良くないだろうに、岡本はあっけらかんと、顔の前に「音楽練習場(大)」というキーホルダーのついた鍵をぶら下げてみせた。
「俺5時からバイトやし、ほんまに4限の1時間半だけな」
部活は昨日からテスト休みに入っているらしく、勉学に支障が無い範囲での自主練習が認められているという。授業中の90分だけ練習場を使うという辺り、岡本も部外者を入れるところを、他の部員に見せたくないに違いなかった。
目線の少し高い位置にある岡本の後頭部に向かって、泰生は言った。
「別に楽器弾きたくて来たんちゃうで、どんなとこで練習してるんか興味あるだけやし」
チェリストは肩越しに振り返る。
「うん、別にそれでも構わへん」
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