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泰生はそれを聞き、はあ、と思わず答えた。塚﨑は続ける。
「授業の90分でそれはちょっとあかんけど、人生は気を散らすくらいでよろしい」
人生の先輩に言われると、そうかなぁと思ってしまう。
「でも、人間関係ちょっと面倒くさくて……誰かと拗れたらうっとうしいでしょ?」
泰生は一応抵抗してみる。これにも塚﨑は、微笑で返した。
「それも勉強、誰とどう拗れたんか知らんけど、10年後に振り返ったらたぶん大したことちゃうようになってるわ」
「そうですかねぇ」
「そうや、スルーするなり話し合いして解決するなりしていって、対人スキルを高めんの……これは逆説やけど、部活って人間関係だけちゃうやろ? やってみたいことがあるんやったら、それだけで人生儲けもんや」
塚﨑の言葉には、なかなか説得力があるように思えた。気づくと教室の中には2人の他には誰もおらず、塚﨑の昼休みを削ぐのも申し訳ないので、泰生は彼に礼を言った。
「ありがとうございました、失礼します」
「おう、楽しい夏休みを送りなさい」
小学生のような激励を受ける。家族で琵琶湖に泳ぎに行くことも決まっているし、小学校時代回帰ムーブメントかもしれなかった。
泰生はふと気になって、教室を出る前に塚﨑を振り返った。
「先生は学生時代、何か部活してはったんですか?」
回収したレポートを机の上でとんとんと揃えながら、塚﨑はにっと笑った。
「よう訊いてくれた、俺は高校と大学の7年間、マンドリン弾いとった」
泰生は思わず、へぇ、と声を裏返した。繊細でちょっぴり哀しみを帯びた音がする、8本の弦をトレモロで鳴らす楽器だ。古い曲や民族音楽が似合う。
「渋いっすね」
「やろ? 通じてよかった、現役時代それではモテんかったけどな」
得意そうな担当教官に、ちょっと似合わんけど、と言うのは辞めておいた。塚﨑にとっては気を散らしただけなのかもしれないが、それを聞いて渋いと思う自分のような学生がいるなら、いいことに違いない。
弦楽器は楽しい。泰生にとっても、それは紛れの無い事実だった。
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