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意味がわからずきょとんとした泰生に、旭陽は念を押すように続けた。
「好きって、そういう意味で……俺、男が好きな奴なんやわ」
その時泰生が感じたのは、純粋なショックだった。同性が好きな人など珍しくもなく、泰生が知る限り、文学部の同期にも数人、同性愛者であることをカミングアウトしている者がいた。
しかし大学生になって以来ずっと近しくしていた「友達」から、「恋人」になってほしいと乞われることが、こんなにショックだとは想像しなかった。旭陽がそういう目で自分をずっと見ていたのかと思うと、少し気持ち悪いとも感じた。泰生は混乱したが、とにかく自分の気持ちの偽らざるところを旭陽に伝えた。
「俺が井上を好きやと思う気持ちは、たぶんそれとは違うし、これからそういう風にはならん……と思う」
旭陽は泰生がそう答えるのを、予想していたようだった。
「そんなんわからんやろ」
「わかるわ、今彼女おらんからっていうて、男を好きにはならへん」
肩を落としてしょんぼりする旭陽が可哀想になったが、同情で受け入れるべきものではない。泰生は友人を、こうして「振った」のだった。
例えばもし、岡本文哉も同性愛者だったら。あるいは、管弦楽団に勧誘するのが目的で泰生に近づいているだけだったら。泰生から積極的になるのは、あまり良くないかもしれない。
商店街を下って、つまり喫茶「淡竹」に向かって進むと、途中の筋で左手から人が流れ込んでくることに気づいた。泰生が興味半分でそこを左折すると、突然スーパーマーケットが現れた。しかも日本全国どこにでもあるチェーンスーパーだ。
特に用は無いが、泰生は1階の食料品売り場に入った。建物はだいぶ古そうだが、売り場は夕飯の食材の買い物なのか、老若男女で賑わっている。
牛乳やジュースが並ぶ飲料売り場に何げなく足を向けると、小さいパックの豆乳がずらりと並んでいるのが目に入った。兄の友樹がこの豆乳シリーズの愛飲者で、いろいろな味を試しているのだが、自宅の近所のショッピングモールに入るスーパーではこんなに取り扱っていない。
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