思い出を整理する定規

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思い出を整理する定規

 最大の難関だったゼミのレポートを無事に提出したので、ひと安心していた泰生だったが、本格的なテスト期間は週明けからである。今日明日の土日は自宅でおとなしくしておこうと思い、自宅の自室で午前中から少し試験勉強をした。今日は家族が全員家におり、兄の友樹は部屋で何をしているのか知らないが、静かだ。  友樹はこの2年間、家族と何か約束があるときを除いて、週末はほぼ家に居なかった。交際していた女性と出かけていたからである。その女性は友樹の大学の同級生で、学部も違えば部活が一緒だったわけでもなかった(兄の大学にも2つキャンパスがあり、彼女は奈良寄りの新しいキャンパスで4年間過ごした人だった)が、就職した会社での新入社員歓迎会で、「うちら同じ大学やん」となって盛り上がったという。ひと昔前のとあるアニメのエンディングではないが、泰生たち家族のほうが、「あんなに一緒だったのに……」と今思ってしまう程度には、仲良しだった。  英語購読の勉強が一段落ついたところで、泰生は兄の部屋に向かった。あまりに存在感が無いので、ちょっと心配になったからだ。 「にいちゃん、入るで」  泰生は閉められたドアの外から声をかけ、おう、という返事が中からしたのを確認してから、ドアノブに手をかけた。そのまま部屋の中に扉を押すと、友樹は机に座って何か一生懸命書いている。いや、描いていた。  友樹はスケッチブックを広げて、定規を巧みに動かしながら、紙の上に鉛筆でたくさんの線を引いていた。それが、彼が学生時代の部活動で習得した技術であることはすぐにわかった。 「……何描いてるん?」  泰生が訊くと、友樹は、これから描くからその準備や、と答えた。 「めっちゃ真面目に歴史的建造物を描いてみよと思い立った」  友樹は30センチの透明の定規を、スケッチブックの横に置いた。4センチほどの幅がある定規の中にも方眼が書かれていて、本格的に見える。彼が右手に持つのはシャープペンシルではなくBの鉛筆で、なかなか画家っぽい。
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