そは清かなる地

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 岡本は自分のバイト先ではなく、駅に近いドーナツショップを待ち合わせ場所に指定してきた。駅の改札を出て、商店街に繋がる出口を上がると、コンコンチキチンとお囃子の音がする。一応ここも京都なので、祇園祭らしい雰囲気を出しているということだろう。とは言え、アーケードの中が特別混雑している様子は無かった。  子ども連れだらけの、少し甘い匂いのする店内で、岡本がこちらに向かって手を上げているのを見つけた。レジには列ができていたが、ドーナツを持ち帰る客のほうが多いようで、喫茶のテーブルには余裕がある。  列の最後について、ドーナツを取るためのトレイとトングをケースから出した時、泰生は列の3人ほど前に、見たことのある人物の姿を認めた。一昨日(と思い出した泰生は、どうしてこの周辺にこんなしょっちゅう来ているのか自分でも不思議になる)、商店街の少し奥のスーパーで、チョコミントの豆乳を買っていた男性だ。  今日は彼は、随分たくさんのドーナツを白いトレイに載せていた。家に来客でもあるのだろうか。泰生は1個ドーナツを取るべくショーケースの扉を開けた。 「あ、この間はどうも」  そう声をかけられて、あっ、見つかってしもた、と思った。泰生が顔を左に向けると、眼鏡の男性が列の向こうから笑顔を向けていた。 「あ、こんにちは」  泰生は今彼に気づいた振りをする。眼鏡の男性は、きょうもやはり親し気だった。 「あの後チョコミント、買わはったんですか」 「はい、半分兄に取られましたけど、美味しかったです」  友樹も美味(うま)いと大喜びしていた。チョコミントの豆乳の味は悪くなかった。2人の男が間を開けて話すのを、家族連れとカップルがちょっと怪訝な目で見ているので、話を打ち切ろうとすると、そこに岡本がやって来た。 「石田(いしだ)先生、こんにちは」  泰生は驚いて、岡本の顔を見上げる。すると眼鏡の男性も、こんにちは、と普通に挨拶を返した。何で知り合いやねん、と泰生は言いそうになったが、逆に岡本に訊かれた。
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