岬の人

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 泰生は、岡本の実家がどんなところなのかが気になり、調べようと考えていたことを思い出す。岡本の故郷は、大阪府との境目にある港町、加太(かだ)だ。初めて聞く名に、かだ? とおうむ返ししてしまった。  何もあらへんで、と岡本は笑っていたが、ネットで上がってくる海の写真はどれも美しかった。大きな岬の向こうに島があり、その先は淡路島だ。もうひとつの岬との間に海水浴場が広がっていて、面白そうな史跡もたくさんある。 「何か、ええとこやん……」  泰生の両親はどちらも北摂出身なので、泰生はお盆や正月に「田舎に行く」という行為を経験したことが無い。それに泳ぎに行くのはいつも琵琶湖だったこともあり、灯台のある岬や、その先に広がる濃い色の海には、無条件の憧憬を覚えた。  スマートフォンの画面に釘づけになっていた泰生の前に、ラーメンのどんぶりが載った盆が置かれた。泰生が驚いて顔を上げると、そこにいたのはくりっとした目を笑いの形にした、管弦楽団の2回生だった。 「こんにちは長谷川さん、小林です」 「あっ……コントラバスパートの」  小林は椅子を引き、軽い身のこなしで座った。 「テスト終わってから、入部届書かはるんですか?」  当然のように言われて、ひえっ、と泰生は叫びそうになった。 「……いや、体験入部っていうほどのもんじゃなくて……」 「最初からその気で来てはったってことなんですよね?」  違う。小林は完全に取り違えていて、パートに新しい先輩ができるという期待感を孕んだ目で泰生を見ていた。 「岡本から聞いてると思うんやけど、俺最近まで吹部におって」 「はい、授業終わってから下京キャンパスまで行くのしんどいですよね……でも吹部より管弦楽団のほうがコントラバス活躍できますよ、ポップスでベース弾く機会はちょっと減ると思いますけど」
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