半年待っていた楽器

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半年待っていた楽器

 試験時間の終了を告げるチャイムが鳴り、まあまあやったかなと思いながら泰生が教室を出ると、隣の教室から岡本が出てきた。一瞬固まった泰生に、岡本も気づいたようだった。 「長谷川、めっちゃグッドタイミング! RHINEしよと思ってたとこ」 「おはよう、暑いな」  泰生はとりあえず挨拶して、横に来た岡本と連れ立ち、食堂を目指す。 「昼からいくつテストあるん?」 「5限目まである」  今日は試験期間中、一番試験の数が多い日だ。これを乗り切れば、明日明後日は1つずつなので、もう何ということは無い。  岡本がうんざりしながら同意した。 「俺も一緒……やねんけど、終わってからちょっと時間無い?」  泰生は岡本の顔を見た。今度は何を企んでいるのやら……泰生が言明を避けていると、岡本はあっさり口を割った。 「コントラバスパートの三村さん、今日来てはるねん……長谷川に会いたいって」  マジか。泰生はにこにこしている岡本を、つい嫌な目で見てしまった。それにもお構いなしに、岡本は続ける。 「小林が三村さんにこないだのこと話しよったから、4回生に断りなく部外者を音練場に入れたって、微妙に怒られたわぁ」  それを聞いて、泰生はふあ、と変な声を上げてしまった。自分が誘惑に負けたばかりに、岡本が叱責されたなんて。小林もおそらく、岡本の行為を告げ口するつもりではなく、コントラバスが弾ける3回生を岡本が連れて来たと、喜んで先輩に話しただけだっただろう。 「……わかった、ほな今日三村さんとやらに俺から謝る」  泰生の陰鬱な声に、今度は岡本がええっ? と声を裏返す。 「三村さん、たぶんそんな話がしたいんと違うで」 「いや、禁じられたことやらかしてバレた以上は、謝らなあかん」 「……この件に関しては、長谷川に何一つとして責任は無いような気がするんですけど……」  そういう訳にはいかない。泰生は岡本の先に立って、ずんずんと食堂に向かって足を進めた。
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