半年待っていた楽器

3/3

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 三村の叔父は、この大学に入学し管弦楽団でコントラバスを担当した。そしてすっかりコントラバスの魅力に嵌ってしまい、この大学の文学部を卒業してから、市立の芸術大学の器楽科に入った。優秀な成績で卒業後も地味に活躍し、現在は市の交響楽団の首席コントラバス奏者だという。  泰生はそんな卒業生がいることにすっかり感心してしまったが、どうして三村があの楽器を弾かないのだろうかと思う。思いきって尋ねると、単なる巡り合わせらしい。 「1回楽器借りたら、まあ卒部するまで同じ楽器使うやろ? あの楽器が寄贈されてたぶん10年かそこらなんやけど、俺が入部した時は他所の大学に貸してる最中やったんやわ」  戻ってきたタイミングが中途半端で、あの楽器を弾く者がいなかった。そして1年前に、管弦楽団のOB会が代金を出し、メンテナンスに出すことになった。 「半年かかったんですよね」  岡本は緑茶をあおってから、言った。三村も大仰に頷く。 「そうや、あれ絶対楽器屋に忘れられてたわ……そんでせっかくぴかぴかになって戻ってきたのに、入ってきた1回生が女の子やしあれは重過ぎて、だからこの半年誰も弾いてへん」  そんなに重かったかなと泰生は思ったが、三村は眉をハの字にして、悲劇的に言う。 「だから今長谷川くんが来たのは天の采配なんや、叔父も喜ぶさかいにあれ弾いたって」  何じゃそりゃ。泰生はこんな形で泣きつかれるとは想像しておらず、あ然とするばかりだった。岡本は楽しそうに2人を眺めている。 「試験終わったらこれからのスケジュール渡すわな、百花姫からも真面目な子やて聞いてるから、コントラバスパートとしては期待してます」  三村の言葉がとどめを刺す。この場で泰生が、入部する気は無いと言えるわけが無かった。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加