母とトマトと加太

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母とトマトと加太

 テストをとっとと終わらせた泰生は、今日は商店街のある駅で途中下車せず帰宅し、17時まで自室で半分居眠っていた。部屋の中が少しオレンジ色になってきたことに気づき、リビングに行くと、仕事から戻った母もエアコンの効いた場所でうつらうつらしていた。  泰生はラグの上で(じか)に寝そべる母を起こさないように、ベランダに向かった。夕焼けになりつつある光を受けながら、ぱりぱりに乾いた洗濯物を取り込む。  全ての洗濯物を入れ終わった時には、母が起きていた。 「今日お父さんも友樹もちょっと帰んの遅なるんやって、先にご飯食べとこか」 「うん、ええよ」  泰生は答えて、そのままそこに座り洗濯物を畳み始める。その中に、これから再び使うことになるであろう、楽器を拭くためのクロスが4枚混じっていた。うち2枚には松脂がついており、そのまま洗濯機に入れると家族の服に損害を及ぼしそうなので、衣料用の松脂クリーナーをわざわざ買って風呂で揉み洗いした。クリーナーの値段を泰生から聞いた母が、新しい布買ったほうがよかったんちゃうの、と言った時、その通りだと思って眩暈がしたのだったが。  こういう楽器の手入れに関するちょっとした情報交換も、パートに4人も人間がいればやりやすいというものだ。しかも4回生の三村の身内には、大学の卒業生でもあるプロのコントラバシニストがいるので、非常に頼もしい。……いや、まだ入部届は書かないけれど。  洗濯物をそれぞれの部屋に運び、タオル類を片づけてリビングに戻ると、キッチンで母がサラダの準備をしていた。レタスを千切って洗う母の傍に置かれたまな板の上に、つやつやとした小ぶりのトマトが4個載っている。 「美味しそうやろ? 何か、何やったかな、リコピン? がたくさん含まれてるんやって」 「ほう……」  母はショッピングモールの中に入るスーパーでパートタイマーを長らく続けている。勤務している者の特権と言うべきか、たまにこうしてお買い得な美味しいものを買って帰ってくるのが、本人も楽しいようだ。
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