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泰生は将来「使えない男」にならないように、家事は積極的に手伝うようにしている。台所のことはまだまだわからないことが多いが、包丁も多少使えるようになった。
「トマト切ろか、どんな感じにする?」
母は頼もしい息子に、輪切りにしよか、と答えた。
「厚めでいいで、せっかく美味しいトマトやしな」
「はーい」
泰生はトマトを洗ってまな板に横向けに置き、なるべくすっと包丁を通すよう心掛けたが、皮が引っかかる。よく熟していて少し柔らかいので、切るのが難しい。
母は泰生の包丁さばきに特に注文もつけず、ドレッシングを作り始める。泡立て器がボウルに当たってかしゃかしゃ音を立てた。
「そんで、泳ぎに行くの琵琶湖より加太のほうがええの? お父さんがあっちまでは電車使うて、丸2日レンタカー借りよかって言うてたけど」
泰生はへ? と言って顔を上げた。加太の海水浴場の話題は確かに出したが、いつの間にそんな話になったのだろうか。
「だいぶ遠いけど、ええんか?」
「ええやろ、友樹もあんたも彼女できると思たら、もう最後の家族旅行になるかも知れんしな」
母は何となく浮かれているようである。泰生は2個目のトマトをまな板に置いた。
「おかん、加太って行ったことあるん?」
「あるで、お父さんと結婚する前で、あんな可愛らしい電車走ってなかった頃やけど」
結婚する前という言葉に何か含みがある感じがしたので、一応突っ込んでおく。
「何やそれ、おとんと違う男と行ったとか? ウケる」
「そうや、これでも私、人並みにモテたんやから」
泰生は思わず母の顔を見た。地雷を踏んだと思ったが、母は微妙に自慢げである。
「あんたのおかんはそういうことやから、あんたも自信持って新しいクラブで彼女探しなはれ」
「……ちょっと待てや、おかんが若い時それなりに遊んでたんはええとして、俺の彼女探しはどっから来たんや」
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