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後輩は雨女
岡本は仕事の早い人間で、しかも泰生がまだ管弦楽団の4回生に直接連絡を取りたくないという匂わせを汲んでくれたのか、朝一番に三村からのメッセージを転送してくれた。
「おはよう♡三村さんが」
「『長谷川くんに、もし今日テスト終わって時間あるなら、5時過ぎに学館に来てって伝えてくれる?』」
「だって。可か否か、俺に返事おくれ」
おいおい、と泰生はひとりごちた。どこの松脂を使っているのか訊きたいだけなのに、何故学生会館に行かなくてはいけないのか。
「どこのヤニ使ってるか知りたいだけなんですけど」
「もしかしたら、斉藤ちゃん(コンバスの1回生)の楽器を夏休み中にメンテに出すから、その件で三村さん楽器庫に行くのかも」
「それに俺がつき合わないといけませんかね」
「斉藤ちゃんも来るかもしれんから面通ししとけば?」
話にならない。泰生はいつもより少しだけ空いている電車に揺られつつ、とりあえず行くと返事した。送信してから、ちょっと後悔した。
梅雨が明けたばかりの猛暑は、17時を過ぎても微塵も弛まない。文学部棟から学生会館まで来ただけなのに汗ばみながら、泰生は音楽練習場を目指した。
1枚目の扉は開け放されていて、手書きのメモが目の高さに貼ってあった。
「長谷川様 奥へどうぞ 三村」
嫌な予感を振り払って、泰生はスニーカーを脱ぎ、奥の重い防音扉を開けた。果たしてそこには、三村と、クラリネットの戸山と同じくらい小柄な女性が、コントラバスを並べて音を出していた。
あれが斉藤ちゃんかなと思いながらそっと中に入ると、2人が弾くのを止めて同時にこちらを見た。三村が破顔し、おはよう、と声をかけてきた。
「わざわざ悪いなぁ、ついでやしちょっと弾く?」
「あー……」
泰生は弾きません、と言えない自分に腹が立った。1回生の女の子は、泰生を興味津々の目で見ている。
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