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仕方なく泰生は、楽器庫からコントラバスを運び、2人の注目を浴びながらカバーから出した。三村が、ああ、と思い出したように、金色と黒の筒状の小さなケースを持ってくる。
「俺のヤニ使ってみる?」
泰生は密かに目を見張る。昨日行った楽器店で、一番高かった松脂である。
「長谷川くんはどこの使ってるん?」
「これです」
泰生が松脂を出すと、男たちのやり取りを黙って見ていた斉藤が、一緒です、と言った。2回生の小林が、確か彼女は初心者だと言っていたので、やはりこれを勧められたのだろう。
せっかくなので、三村の好意を受けることにした。泰生は弓に松脂を滑らせて、4本の弦を順に鳴らした。深みのあるいい音がする。
「あっ、何か手応えが違いますね」
思わず言ったが、三村も斉藤もやや不思議そうに泰生を見ている。おかしなことを言ったかとひやりとしたが、斉藤が口を開いた。
「上品な音なんですね、長谷川さん」
「……へ?」
三村が微苦笑しながら続く。
「遠慮して鳴らしたん違うよな? その楽器、もっとデカい音出るはずなんやけど」
三村は斉藤に目配せした。すると斉藤はすいと弓を構えて、アルペジオを弾き始めた。
泰生は驚き、失語してしまった。斉藤が弾く楽器は、おそらく彼女の身長に合わせたもので、三村や泰生のそれより少し小ぶりだ。弓を持つ斉藤の腕も華奢なのに、彼女の音は練習場全体に響き渡り、天井に反響した。
嘘やろ。泰生はぽかんとするばかりだった。泰生はこれまで吹奏楽部で3人の男性コントラバシニストと演奏したが、誰一人としてこんな音は出せなかった。
「斉藤ちゃんはヴァイオリンやってたんもあるんやけど、これくらいの音欲しいなぁ」
こんなん初心者ちゃうやろ。泰生は三村の話を聞き、この場に居ない小林に突っ込みたくなった。
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