10人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
斉藤は弓を止め、にかっと笑う。
「吹奏楽のコントラバスやからですよね? チューバとかに掻き消されるし、ソロもあらへんし」
初対面の3回生相手にはっきり言うなと、泰生はそれにもややあ然とさせられるが、斉藤の言う通りだった。
吹奏楽部では、コントラバスにはトレーナーがつかない。先輩から教えてもらうことが全てだ。たとえそれに不具合があったとしても、正してもらうチャンスが無い。
三村は泰生が軽くショックを受けたのを見て、励ましモードになった。
「心配すんな、意識改革したらええことや……百花姫もちっさい音やったからなぁ」
戸山の名前が出たので、泰生は三村の顔を見た。三村は説明する。
「クラリネットは吹奏楽でヴァイオリンの立ち位置やから人数多いやろ? でも管弦楽やったら常にソロ楽器や……そんな音では使いもんにならんって、木管トレーナーにがつんと言われてな」
そうか、と思う。戸山も泰生も、吹奏楽部から管弦楽団に変われば、もっと活躍できると思っていたのが、吹奏楽で染みついた「その他大勢根性」に気づかされたということなのだ。
泰生は小さく溜め息をつき、今日はこれで帰ろうと思ったのだが、三村が止めた。
「長谷川くん、斉藤ちゃんに本気で弾かせたから、これから雨になるで」
ただでさえカルチャーショックのようなものを受けたところに、訳のわからないことを言われて、泰生ははい? と半ば叫んだ。
「斉藤ちゃんは雨巫女なんや、この人がマジで弾いたら雨乞いになるんや」
斉藤も否定せず、スマートフォンで雨雲レーダーを確認している。
「あ、雨雲近づいてます」
何やねんそれ。泰生は新たな不安が生まれるのを感じた。小林もちょっと変わってるし、このパート、ヤバいんちゃうか?
三村の使う松脂を知りたかっただけなのに、結局泰生はにわか雨が止むまで、ただ思いきり弾く訓練をする羽目になった。ボーイングする右の二の腕が、筋肉痛になりそうだった。
最初のコメントを投稿しよう!