朝凪の如き夜明け

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朝凪の如き夜明け

 エアコンは止まっているようだった。部屋の中が十分冷えているからだろう。泰生はそっと首を上げて、カーテンの外がほんのわずかに明るくなってきたのを確かめる。  毎日朝から晩まで暑いのに、夜明け前に少し涼しくなるなんて、信じられなかった。足元に追いやられたタオルケットを足の指で掴んで持ち上げ、腕を伸ばして胸元まで引き上げた。  今日から実質、夏休みだ。レポートの提出もテストも、無事に終わった(たぶん)。塚﨑ゼミの夏休みの宿題は自由研究で、実地研修もしくは3冊以上の本を読み、後期授業の初めの日にレポートを提出することになっている。  塚﨑の許でゼミ生は主に東アジア史を学んでいるので、実地研修に行く者はまずいない。泰生も、加太には行くがモンゴルに行く予定は無かった。まあお盆までに一度、大学の図書館で本を漁らなくてはいけないだろう。  とても静かだった。昨日と一昨日、想定外のことにばたばたした反動のように思えた。  泰生は管弦楽団の入部届を、7月29日に書くように三村から言われた。何でもこの日は、この一年の中で最高レベルの開運日なのだという。斉藤が弾いているコントラバスのクララ(かつて女子部員のためにこの小ぶりな楽器の購入を訴えた卒業生が名づけたらしく、その名が脈々と伝えられているそうだ)も、メンテナンスのために、29日に楽器屋に引き渡すと決まっていた。やっぱりこのパートおかしいわと泰生は思ったが、いわゆるお日柄が良い日に入部するのは悪くないと思うことにした。
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