カラカラに乾いた場所

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カラカラに乾いた場所

 泰生の母は朝9時からスーパーマーケットで働いており、泰生の知る限り、余程の体調不良でない限りは欠勤しない。朝から働くパートさんが欠けると大変だということを知っているからだ。  喫茶淡竹は、開店準備の9時半から出勤する木村さんの病欠を埋めるのが、大変だ。テストが終わり夏休みに入った泰生は、モーニングの混雑を店長の森と2人で捌いている。おかげで、勤務3日にして備品の場所は大体把握できた。  岡本も今日午前中、テストを全て終えた。帰省する前にサシで飲みたいと岡本が言ってきたので了承し、泰生は昼過ぎに彼と淡竹のアルバイトを交代してから、大学に向かった。  前期試験最終日の図書館は静かだった。「夏休み特別貸し出し20冊まで!」と書かれたポスターを横目に、泰生は宿題のための資料を探す。5冊の本をテーブルに持ってきて吟味していると、視界の端に知っている人影が横切った。管弦楽団のクラリネッティスト、戸山百花と、彼女を百花姫と呼ぶコントラバシニストの三村だった。  2人は親し気に、しかし図書館の中であるということを意識しつつ、小さく話しながら、奥の棚に向かう。泰生は興味半分に、本と鞄をテーブルに置いたまま彼らをこそっと追った。  4回生の彼らは、就職活動をおこなうと同時に、卒業論文を仕上げなくてはならない。とはいえ、専攻が同じでないなら、一緒に図書館に来る必要も無いように思える。  つき合ってるんかな。泰生の脳内に、単純かつ下世話な言葉が浮かんだ。だとしても全然おかしくないし、責められることでもない。吹奏楽部内でも交際している男女はいたし、何なら卒業後に結婚に到るカップルもいる。同じ音楽を趣味とする者が集まっているのに、恋愛感情を抱くなというほうが不自然だ。  井上は、何で俺を好きになったんやろ。ふと思う。それは全く聞かなかった。いや、彼が話していたとしても、きっと耳に入らなかっただろう。そう思うと、ちょっと切なくなり、喉が渇きを覚えた。
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