10人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
淡竹の店長の森は、飲みに行くなら少し早く上がっていいと岡本に言ったらしく、泰生が再び喫茶店の前に行ったのは18時だった。岡本は自分の都合で泰生を振り回すことになったので、恐縮していた。
「悪いなぁ、大学行っとったん?」
「うん、図書館に用事あったからちょうど良かった」
泰生は本で膨らんだ鞄を持ち上げた。
「ゼミの夏休みの宿題があんねん」
「重いのに持って回らせんのが、また申し訳ないわ」
「いやいや、どうせ借りなあかん本やし」
岡本は泰生を促して、アーケードを少し駅に向いて戻り、横切る道のひとつを曲がる。豆乳をたくさん取り扱っているスーパーの前を過ぎ、緩く曲がる道なりに進む。今日は雲があるとはいえ、アーケードを抜けると一気に熱気が押し寄せた。
「あっつ、喉カラカラやわ」
岡本に泰生も同意する。
「うん、ビール飲みたいとか思うもんなんやな」
「ほんまやな、この辺小洒落た店も幾つかあるんやけど、あそこでいい?」
岡本が指さす先に、和風の平屋建ての店舗が見えた。焼き鳥屋のようだ。外観はそんなに洒落てはいないが、どんどん客が入っていく辺り、人気の店らしい。
席が埋まると残念過ぎるので、2人は店に向かった。入ったところが広い待合スペースだったが、そこで待たされることはなく、直ぐに店員が店の奥のほうに案内してくれた。
テーブルはこまこまと並んでいるが、天井が高いのでせせこましく感じない。岡本は泰生と向かい合って座り、ビールと黒豆の枝豆、それに焼き鳥の盛り合わせを頼む。
ビールで乾杯し、お互い試験を無事終えたことを讃えた。カラカラに乾いた喉がやっと潤い、思わず大きく息をついてしまう。
「美味しい、枝豆もうまそう」
「ここは焼き鳥もうまいで、しかもそんな高ないし」
泰生は勧められて枝豆を摘む。莢から出して口に入れると、香ばしかった。
大切なことを思い出し、おしぼりで手を拭いて鞄を開ける。
「あのな、もし行けそうやったらこれ行かへん?」
泰生が楽器店で貰った、弦楽器フェアのチラシを見せると、岡本はひゃっ! と変な悲鳴を上げた。
「楽器買うんか! 長谷川って実はええとこの子なん?」
これには泰生も驚いたが、説明不足だったのでまず岡本に詫びる。
「楽器も買わへんしええとこの子ちゃう、松脂を試せるんやって」
「松脂?」
岡本は目を丸くし、違った意味の驚きを見せた。
「最近ずっとこだわってない? ヤニの呪いにかかってる?」
「呪いって何や……だって何かええ楽器に当たってしもたから、ヤニも選びたいかなって」
「ふうん……俺楽器買う気無いけど試奏しよかな」
最初のコメントを投稿しよう!