カラカラに乾いた場所

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 チェロとコントラバスは、同じくらいの価格だ。安いものは10万円台、高いものは天井知らずである。 「でも必死でバイトしたら手ぇ届く値段やったりするし、試したら欲しなるやろ」 「それは言うな、手が届いたとしてどこに置いとくねん」  確かに。泰生が笑った時、焼き鳥の盛り合わせがやってきた。 「うまそう、どれする?」 「皮は譲れへんけどあとは長谷川の好きなん食べて」  岡本が皮を自分の取り皿に移したので、泰生はふっくらしたねぎまを取る。かぶりつくと、肉もたれも美味で、幸福感が増した。  泰生が食べるのを眺めていた岡本は、だしぬけに言った。 「ごめんな、管弦楽団に強引に誘って」 「……へ?」 「悪い癖なんや」  岡本は皮に手もつけず、昔の話をした。中学の頃から親しかった友達を、高校に入学して直ぐにバスケットボール部に誘った。友達があまり乗り気でないのは察していたが、岡本は彼と一緒に楽しみたかったし、きっと面白さをわかってくれると思っていた。 「でも面白くなかったみたいでな、やる気無いまま練習してたから怪我してん……そのままそいつはクラブ辞めて、クラスも離れたから疎遠になって、そのまま卒業した」  岡本は自分を責めているようだった。しかし、バスケットボール部に入ると決めたのは友達なのだから、岡本に責任は無いと泰生は思う。ただ、そうストレートに伝えると、岡本が大切にしていた人を(けな)すことになりそうなので、泰生は言葉を選んだ。 「その子のことはわからんけど、少なくとも俺は、仕方なく管弦楽団に入ることにしたんちゃうで……吹部辞める時にちょっといろいろあったんやけど、楽器弾くこととは別やってわかったから」  感謝とまでは言わないが、自分を見つめ直すきっかけをくれた岡本に対して、悪い感情を持つ理由が無かった。  岡本は泰生の言葉にほっとしたのか、微笑して皮の串を手に取る。それを見て泰生は、乾いた喉にビールが沁みるような心地良さを、胸の深いところで感じた。  カラカラに乾いていたのは、喉ではなく心の中だった。そして朗らかで人当たりのいい岡本にも、密かにカラカラになっている場所があったようだ。彼は2杯目のビールを注文すべく、呼び鈴を押した。 「ありがと、そう言うてくれるんやったら救われる」 「うん、だいぶ迷ったけど俺は自分の選択を信じてる、というか信じたい」  互いの乾いた場所に水を注ぐことが、親しくなるというプロセスそのものなのかもしれない。泰生はつくねの串に手を伸ばした。
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