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堰を切ったような旭陽の告白は、泰生の胸を抉った。やっぱり俺が、井上の手を振り払ってしもた。俺がもう少し、冷静にあいつの話を聞いてたら。
泰生の視界が、軽い絶望でじわりと滲んだ。もう遅過ぎるのかもしれない。でもこうして、正直な思いと謝罪をぶつけてくる旭陽に、自分も謝ることだけはしておきたかった。泰生は迷いながら、指を動かす。
「ありがとう。俺のほうこそごめん。たぶん引きとめられた日に、もっとちゃんと話をするべきでした。俺は今でも井上と友達でいたいと思ってる。でも、それは井上を苦しめることかとも思います。だから、どうしたら一番いいのかよくわかりません」
泰生はひとつ深呼吸してから、舞台の上で最初の音を出すとき以上の緊張感をもって、送信ボタンを押した。
泰生が送った大きな吹き出しの下に、既読の文字がすぐに現れた。3分ほど経って、ぴょこんと新しいメッセージがやってきた。
「ありがとう。何か嬉しくて涙止まらんし、言葉にならへんからまた明日でいいやろか」
泰生はすぐに、OKの文字を掲げるうさぎのスタンプを送った。すると今度はすぐに、吹き出しが現れる。
「長谷川いっつも気遣いのひとで優しいから好き。ごめん。おやすみ」
よく考えると、こんな時間にメッセージを送りつけてきて、自分からおやすみはないだろうという感じなのだが、今の泰生には許すことができた。おやすみ、と返すと、身体から力が抜けた。
スマートフォンをコンセントにつなぎ直した泰生は、ベッドの上に大の字になり、ひと息ついて目を閉じた。右の目尻から温かい水がこぼれて、頬を伝った。
旭陽の取った冷たい態度が、吹奏楽部を辞める決心につながったことは、今後誰にも言わない。吹奏楽部に所属することと、旭陽と友達でいることとは、別の話だから。今やっと、そう言うことができる自分を見出した泰生だった。
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