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大学生の向井伸二は、いつものようにYoutubeで好きなジャンルの音楽やお笑いの動画を観ていた。
ある日、「何か面白そうなのないかな?」とおすすめ動画をみてると、
「雨と朗読ちゃんねる」というタイトルの1本の動画が目にとまった。
伸二は普段小説は読まないし、朗読にも全く興味がなかったが、何だか気になってしまって、その動画をみてみることにした。
再生すると、声の感じから20代くらいの女の子が、タイトル通りシトシト柔らかい雨の音がBGMになっている中、その子の好きな本の一部や詩をいくつか、10分くらいだけ朗読する内容だった。
たったそれだけなのに、その子の声がダイレクトに心に沁み込み、伸二はみおわった後凄く癒された気持ちになった。
アカウント名は動画と同じ「雨と朗読ちゃんねる」で、動画中の映像も本人は全く登場してなかった。
夜明かりの消された部屋で、雨音と声だけが入るように、花柄のカーテンの閉まった窓際でキャンドルの明かりだけが全ての朗読動画だった。
概要欄にその日読まれた本や詩のタイトルと作者が記載されていた。
今回は「谷川俊太郎」という人の詩がいくつか読まれたようだ。
そして、「事情があって、少し長いおうち生活をしています。体調が回復したらこのチャンネルは削除させていただきます。」と書かれていた。
気に入ったので途中でなくなるのは寂しいが、その理由が「この声の子の体調の回復」なら、それはとても喜ばしいことだ。
動画がアップされるのは雨の夜の翌日だと思われるが、全国どこに住んでる子かも分からないので、アップされるタイミングは全く予想できなかった。
動画を見続けているうち、伸二はすっかりこのチャンネルのファンになっていた。
村上春樹や西加奈子、森 絵都…今まで知らなかったが、こんな素敵な世界が小説だったのか。
伸二は気になって本屋で原作を手にしてみたが、やはり活字の塊となると小説の類は苦手だった。それだけにあのチャンネルで癒される自分が不思議だった。
「雨と朗読ちゃんねる」の更新は1年を経過していた。伸二は動画の更新を楽しみにしつつ、声の主の女の子の体調も心配だった。
そんなある日、「雨と朗読ちゃんねる」のアカウントが削除されていた。伸二は安堵も浮かべつつ、アーカイヴが全く無いのでこれから先の愉しみが1つ減ってしまった。
今までは全く気付かなかったが、ネットショップの本の売り場には、「オーディオブック」というバージョンがあった。試しに「雨と朗読ちゃんねる」で好きだった回の本を試聴してみたが、全然イメージとはかけ離れていた。
やはり「雨と朗読ちゃんねる」は伸二はとって特別な存在だった。
あの声の子は勿論元気なままで良いので、いつかあのちゃんねるを再開してくれないものだろうか。
長い雨は上がったのに、伸二の心は不思議な喪失感で包まれていた。
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