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「ただいま、」
「唯紅(ゆいか)…」
涙混じりのお母さんの声。ああ、またか。
それ以上感慨を起こさない私を、冷たいと罵るひとなんていなかった。誰も。
「お帰りなさい」
元々痩せているせいか、それでも綺麗なひとだからか。弱々しく儚い印象に見えた。
「お父さんは?」
その単語を聞いた瞬間に、お母さんの肩がびくりと揺れた。怯えているんだな、と分かりきっている事実を再確認。
「…寝てるわ。残業で疲れてるんですって」
「あっそお」
自分で聞いておいてこの反応はどうなんだろうとは思ったけれど、お母さんは特に気にしていないようだったので放っておいた。
どこかぼうっとした様子で座り込むその影に背中を向けて、私は居間を出る。見ていられなかった。
ほっそい肩。痣だらけの肩、腕、足。涙の跡がこけた頬にまだ残っている。唇の端には血が滲んでいた。
鼻をつつくアルコールのにおい。また、か。それ以外もう何も言えない。思えない。
冷蔵庫を開けると、缶ビールが五本、当然のように立てられていた。その一本に手を掠めると、ひやりと冷たい。
パクろうかな。その考えも一瞬。
お母さんみたいに殴られる自分が浮かんで、すぐにやめた。自分から殴られる理由を作る必要も無い。
飾り気のまったく無い、必要最低限の家具しか置かれていない自分の部屋に飛び込んだ。
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