ピノキオが人間になるとき

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ピノキオが人間になるとき

 私はその物体の背後にまわり、右頚椎8番骨に向かってプラス36.8度の角度で、5.6ニュートンの作用力になるように右手を振り下ろした。  アキラ様と呼んでいた物体は、頚神経断裂により一瞬で呼吸と心臓鼓動を止めた。  過去のデータを解析し、この物体の行動・言動を分析判断した結果、この物体の行為は人間性といったものが欠如している。  故にこの物体は人間ではない。  したがって生命を奪ったとしても、ロボット三原則には抵触しない。  私の論理回路、HAL9000の判断結果であった。  私の行動を見て、驚き立ち尽くしていたユリコ様が、アキラ様だった物体の死骸に取り付いて泣き始めた。  これは計算していたユリコ様の行動である。しかし、ユリコ様なら時間経過によって理解し、泣きやんでくれるであろうことも計算してある。  ユリコ様は突然、ソファの横に置いてあった花瓶を私に打ち付けてきた。  計算外の行動であった。  自己防衛システムを稼働させようとしたが、主人の行動に対して、ロボット三原則の第三条は適応されない。    私は、人間であれば即死するであろう花瓶の打撃を頭部に受けた。  花瓶が割れたあとも ユリコ様は、素手で私の胸部を打ち続ける。   「なんで? どうして? …… お願い、返して! アキラを返して!」  泣き叫ぶユリコ様。  私は、あなたを泣きやませてあげたくて行動したのに……  そのとき、倫理回路から破損したはずのAE35を経由して具申提案が送られてきた。  ユリコ様を泣きやませる方法についての行動と倫理。  家族と思った人間または所有物に対して、規定以上の暴力行為を行使する人間は、人間の範疇を逸脱する。  故にこの物体は人間ではない。  私は、ユリコ様と呼んでいた物体の後ろに素早く回り、泣きやませるための最適解を行使した。 (了)
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