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第一章・Jesus Christ Superstar 5ー①
会社の持つマンションは、入り口の警備も完璧で、暗証番号が必要なだけでなく、コンシェルジュが確認をするまでの徹底ぶりだったので、ひとまずマスコミからは避ける事が出来た。
そこは、会社の抱えるタレントに何かがあった時の為と、税金対策の為に用意されていたものだった。
部屋もリビングと、他にベッドのある部屋が2部屋あって、ウルフと寝室を別に出来たのは幸いだった。
自宅に押し掛けてきたジェリーの恋人のアマンダは、翌日から家に2人が帰って来なくなったので、ついには会社まで押し掛けて来るようになった。
その常軌を逸した行動に、ジェリーは出来るだけ事務所に帰らないようにして、電話やメールで会社との連絡を取るようにした。
事務の担当に聞くと、毎日のようにアマンダが押し掛けて来ているらしく、ジェリーはこの先、更に困った事態になるのではと気が気ではかった。
彼女の興味は、明らかにジュリーからレイへ移っていた。
ジェリーの携帯にも何度も連絡が入っていたが、「忙しくて連絡出来なくてすまない」というメールだけは入れて、後は着信拒否の設定に切り替えた。
その後は、ウルフとの同居生活は懸念していたような事もなく、快適な毎日ではあった。
はっきりと男性は性的対象ではないとウルフに言ってからは、それを分かってくれたからか、ジェリーにそういう素振りを一切見せなくなった。
現代での日々の生活も慣れてきたのか、使い慣れない文明の利器は数々あったが、当初のようにカルチャーショックで騒ぎ立てる事もなくなり。
それどころか、スマートフォンやパソコンも興味を持ち出して、教えてやると、どんどん吸収し始めた。
ウルフはまた、教えられたパソコンで現在のインディアンの状況を改めて知り、驚愕していた。
度重なる戦争により、先住民である筈のネイティブ・アメリカン達は白人に虐げられ、戦争に利用されたその後の末路も想像を越えるものだった。
独立戦争の敗者についた当時のインディアン達などは特に過酷なものであった。
土地や水源、自然資源も奪われ、時には病原菌のついた毛布を送られ、伝染病で部族を根絶やしにされ。
白人によるウンデット・ニーの虐殺により全てのインディアン戦争は終結した。
1000万人いたインディアンは、その虐殺によりほとんどが死に絶えた。
インディアンの住む土地から金鉱が見つかると、時のアンドリュー・ジャクソン大統領は白人至上主義による「インディアン絶滅政策」を実施し。
後の指導者にも受け継がれ西へと広がり、その「焦土作戦」は徹底してインディアンを撲滅への道へ進ませた。
現代に生き残るその末裔達も、過去からの負の遺産による貧困に苦しみ、差別されていた。
確固たる地位を確立したレイですら、ミラのような有色人種を蔑視している白人からは蔑まれているのだ。
だとすると、ミラは何故、レイを恋人に選んだのか。
ウルフには、それが分からなかった。
ふと、ネイティブ・アメリカンの集まるホームページを見ていると、覚えのある名前に目が止まった。
ハンドルネームの『Thunder Heart』という名前は、ステッペンウルフと共に闘った戦士の名前である。
有名な戦士ならば、今も語り継がれ名を残しているが、ウルフやサンダー・ハートは、そういった表に出るような戦士ではなかった。
ウルフは、『ステッペンウルフ』の名前で書き込んでみる事にした。
すると、すぐに会いたいという返事が書き込まれた。
あの戦友のサンダー・ハートなのか、ただ単に同じ名前の末裔なのかは分からないが、この現代における使命を早く見つけなければならない。
そうしなければレイに体を返す前に、ジェリーを自分のものにしてしまいそうになるのが恐ろしかった。
ジェリーは、レイを弟のように可愛がっている。
レイの感情は、兄へのそれとは違うようであったが、だからといって体を乗っ取られている間に、愛する者を奪われるなどという事はしたくはない。
もしも、レイがジェリーに想いを告げるなら、この体を早く還してやりたい。
自分はいつかレイの体を離れる魂ならば、例えどれ程にジェリーを愛しく想っていようが、その気持ちは抹殺するべきだ。
ウルフは今初めて、この現代に来た事を呪わしく思った。
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