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序章・Born To Be Wild③
「ちょっと、お互いに冷静になろう」
「私はずっと冷静だ。お前が一人で慌てているんだろう。お前が落ち着け」
「もう落ち着いたよ!確認するけど、レイ・ブラックじゃなくて、君は『ステッペンウルフ』なんだな」
「いかにも。南北戦争でも闘い、その功績を讃えられ、私はメディスンマンの手によって再び生を受けて、インディアン戦争でも闘った。……そこまでは記憶があるが、この度、ここへ飛ばされた記憶がない。使命を見失うなど、戦士として恥ずべき事だ」
「……高校の歴史の勉強みたいになって来たな。俺、理数系だから苦手なんだよ……」
これは、レイの頭がおかしくなったにしては妙にリアル過ぎる。
どちらかと言えば、レイの体が別人格に乗っ取られたといった感じだった。
それに、どうやらレイとしての記憶はまるでないらしい。
だが、タレント事務所の『商品』でもあるレイをこのまま放置する事は出来ない。
「ひとまず、君の今の状況を説明するよ。まず、俺は、ジェリー……君の付き人だ。仕事をフォローしてる。君は、レイ・ブラックというモデルで、売れっ子なんだよ。一流の映画の俳優として、仕事も来る位に。……モデルとか俳優とか、分かる?」
「分からん」
ジェリーは頭を抱えた。
これは使えない。
このままでは、レイ・ブラックの輝かしいスター人生は終わりだ。
おまけに恐ろしい数の契約もしていて、それをこなせないとなると、相当な違約金も発生する恐れがある。
ジェリーの頭の中は、真っ白になった。
「この体……レイという男のようだが、インディアン戦争の時の体より、同化出来ていないように思う。あの頃は死ぬまで完全に私の体になっていた。この体とは相性が悪いのかも知れない」
「体調でも悪いのか?」
「そういう意味ではない。魂の結合だ。この男と私の魂は分離している。……私がある程度、目を瞑れば、この男の本能は使える……だろうとは思う」
「仕事が出来るのかっ!」
「余り複雑な事は無理だろうが、体に染み付いたものなら、私にも出来るだろう」
トーク番組や取材は不可能でも、モデルとしての撮影やウォーキングは出来るかも知れない。
「私も使命を思い出すまでは、この世界で生きていかねばならない。手助けして欲しい……ジェリー」
「分かったよ。……ところで、レイって言う名前は仕事上では我慢して貰うけど、君を呼ぶ時は……『ステッペンウルフ』って呼ばないとダメなのか?」
「『ウルフ』で良い。私も仕事では、レイという名前で呼ばれる事に耐えよう」
「そしたら、ウルフ。……ところで、その衣装……あ、インディアンの格好な。どうしたんだよ?」
「あそこに吊ってあったぞ」
ここは撮影所だった為に、あらゆる衣装が置いてはあった。
良くも悪くも、ウルフには最も親しみのある服装だった。
「とにかくそれは脱いでレイの服に着替えてくれ。今日の仕事はキャンセルして、ひとまず社長に相談しよう。まずは、携帯で社長に『すいません。今から伺います』って、君の方から連絡して」
ジェリーは、化粧台に置いてあるレイのスマートフォンをウルフに渡した。
「携帯?何だ、これは?」
「そっ、そっ、そこから説明が必要なのかよ~!?」
ジェリーは頭を抱えて、天を仰いだ。
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