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第一章・Jesus Christ Superstar 1ー①
「話は分かった。確かに、使い続けるのは無理そうだな……一応、医者にみせておくか……」
「社長。決まってる仕事は、どうしましょうか?」
ジェリーは、理解ある社長で良かったと安堵した。
これが事務所として、レイを訴えるだのと揉め出すと、家族を養いたいと頑張っているレイが(今はウルフに乗っ取られて、どこかに行ってしまっているが)可哀想な事になると心配していた。
小事?に拘らない社長は、流石、若くしてこの会社を立ち上げ、名だたるタレント事務所へとのし上がらせただけの事はある男だった。
「マスコミにいっそ、正直に報道させて、同情してもらうのも手だな。出来る仕事を厳選して、他に回せる仕事は他に回す。いっそ、この面白い状態を取材させるか!」
「……あんまりお笑いの方には持って行きたくないんですが……」
2人の会話を聞いていたウルフは、口を挟んだ。
「無理は出来ないぞ。この男の体に染み付いている事しか出来ない。つまり、生活習慣になっているような事だけだ」
「……と本人が言っておりますので、写真撮影や、ウォーキング、CMが限界かと思います」
「分かった。映画までの時間は、それに絞ろう。映画だけはもう断れないぞ。それに向けて何とか考えろよ。他の仕事は、ドンを中心に他のモデルに振るようにしよう」
予定している映画は、幸いな事にインディアンの役だった。
セリフを覚えさせれば、ひょっとしたら何とかなるかも知れない。
一番は、それまでにレイがどうにか戻ってくれれば良いのだが、何よりもウルフが積極的に仕事をしてくれそうで、それには安心した。
今は仕事の完成度は例え悪くても、出来るだけフォローするしかない。
その時、社長が唸った。
「しかし、ここまで記憶が欠落してるとなると、日常生活もままならんな。この状態で、家に帰す訳にもいかんし。……ジェリー、お前、独身だったな」
「はぁ……。まぁ、独身ですが」
「お前、レイ……ステッペンウルフか?こいつを連れて帰って、家でも世話しろ」
「はぁっ?!」
「こんな原始の人間、現代社会に放り出せるか。一応、有名人なんだ。お前がチェックしてやれ」
「しゃ、社長?!俺だって、一応は恋人位はいるんですよ?彼女が家に来た時は、どうしたら良いんですかっ!」
「この際、お前のプライベートはどうでも良い。そっちは事務所の儲けには、何ら関係ない」
「酷いっ!ただでさえ、いつも忙しくて彼女に迷惑かけてるのに!」
社長はジェリーの話は聞くつもりもないのか、ウルフに必要な物を家からジェリーの自宅へ移すように指示する。
確かに、事務所の稼ぎ頭であるウルフの活躍に、社の命運もかかっている。
ここで、反発してクビになんぞなる訳にはいかなかった。
ガックリと項垂れながら、ジェリーはウルフを連れ立って社長室を出た。
「……ジェリー……。お前、困っているな。私がお前の家に住むのは、迷惑か?」
「もういいよ……。仕方ないだろ」
何せ撮影所から事務所に来るまでのタクシーに乗るだけで、この世の終わりのような大騒ぎだった。
勿論、車が初めてなら、見るもの全てが初めてのものばかりで、ビルやライトにまでカルチャーショックを受けるものだから、車の中で黙らせるのに苦労した。
とにかく、どれ程に驚いても口を開かないように約束させる。
ジェリーは、まるで猛獣使いにでもなった心境だった。
だが、レイは一般人にも幅広く知られた顔ではある。
迂闊な行動を取って、マスコミを喜ばせるような事はしたくない。
「すまん。ジェリー。出来るだけ、お前に迷惑をかけないようにする」
「そう思うなら、外での対応には気をつけてくれ。あと、仕事はとにかく全力で頑張ってくれ」
「分かった」
2人で歩いていると、 本当に別人であると感じる。
レイは、ジェリーによく懐いていた。
ジェリーが貧乏から救ってくれた、と言って、どんな仕事にも全力を尽くしてくれていた。
まるで弟のようにじゃれてくるレイが可愛くて、堪らなかった。
だが、今隣にいるレイは、同じ顔をした大人の男のものだ。
戦士だったウルフは、その佇まいすら隙がない。
事務所に来る際も、焦ってタクシーから降りようとして、つまずきかけたジェリーを咄嗟に支え、抱き上げるようにして起き上がらせた。
もし、レイ自身なら、そんな動きは出来なかっただろう。
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