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第一章・Jesus Christ Superstar 2ー②
「ミラの事は、表面上しか聞いた事がないんだよ。レイがあんまり話したがらなくて。コレクションの時に迫られて、付き合うようになったとは聞いてる。休みは、2人で旅行したり、色んなパーティーに出掛けてるけど」
ウルフは黙り込んでいた。
どうにも腑におちないという顔をしている。
「そのミラという女に会ってみないと分からないが、レイの体から何も伝わって来ない……」
「どういう事?」
「今日一日で分かった事など微々たるものだが、レイはとにかく悪意を外へ向けない人間のようだ。好きだと言う感情は直で伝わって来るのだが、嫌いという感情が分かり難い。ただ、本人に直接会ったら流石に分かったが……例えば、昼間の男……」
「ああ!ドンね!彼は流石にレイでも嫌がるだろうな。散々、嫌がらせしてきたし」
「そんな奴でも、会わないとその感情を出さない。私なら、あの男の頭皮を剥いでやるのに」
「……ちょっと……現代で、それは止めてくれよ。頭皮剥ぐって……死んじまうよ」
「これが、稀に生き残る奴もいるのだ。そういう奴は、インディアンの恥晒しと蔑まれ、一生、笑い者として生きていかねばならん」
食べている時に、そんな話をしたら駄目だと言って、ジェリーはウルフにビールを注いでやった。
レイの体は未成年ではあったが、意識上、表に出ているウルフが飲みたいというのを止められなかった。
過去のインディアンの風習も分からないし、ウルフ自体が成人男性であるのに駄目だとは言い切れない。
それも酒にはかなり強いようで、ビールをいくら注いでも、グラスを飲み干してしまう。
明日からの酒代が心配になる程だった。
「ジェリーは、飯を作るのが上手いんだな。俺の歴代の妻達の料理よりも美味い」
「こんな簡単な料理位で、そこまで誉められると恐縮するんだけど。俺、高校の時から独り暮らしだからさ。料理が出来るのは、悲しい独り身だったからってのもあるんだけど」
「家族はいないのか?」
「俺は孤児だったんだ。だから、勉強を頑張るしか学校に行く方法がなかった。特待生として学校へ行けたのはラッキーだったよ」
ジェリーが真面目に仕事をするのは、1人で生きて行かなければならない過酷な生い立ちがあったからだ。
親に頼れない生活は、何が何でも自分で稼いでいかなければならない現実が常にあった。
だから同じように、生活の為に懸命に働くレイを、弟のように可愛がった。
身寄りのないジェリーにとって、レイは本当に大切な弟のような存在だった。
「ジェリーは、レイの体を乗っ取った私が、憎いだろうな」
「……ウルフ……」
「前回での体を得た時は、死んで再びインディアンの指導者であるメンディスンマンの元へ還った。だが、今回はそこまで融合出来てはいないから、使命を終えれば、この体をレイに返せるかも知れない。すまないが、私がステッペンウルフとしての『使命』を果たすまで、この体を貸してくれ」
「それは、ウルフがその指導者の人に頼まれて、ここに来てるんだから、どうしようもない事だろう?ウルフが悪いんじゃないよ」
「……ジェリー」
「レイだろうと、ウルフだろうと、俺は助けるよ。俺の唯一の家族だから」
ウルフの胸に、苦しい程の熱いものが込み上げてきた。
こんな気持ちには、今までなった事がなかった。
自分は常に、戦場で敵を倒す事に明け暮れていた。
家に帰れば何人もの妻や子供達がいたが、それを省みる事なく、敵対する白人やそれに付く敵対部族との血生臭い争いの日々を送っていた。
こんな甘い、心が蕩けるような感情を味わった事は初めてで、この感情が何というものなのかすら分からなかった。
ウルフは、目の前にあるジェリーの頬に手を伸ばした。
浅黒い自分の肌と違って、透けるように白い肌だ。
宝石のような青い瞳は、憎い白人のものの筈なのに、その美しさに目を奪われてしまう。
金の髪は、舐めたら甘い蜜の味がしそうな程に魅惑的だ。
ウルフの手が、頬から首筋に降りるのを感じて、ジェリーがゾクリと体を震わせた。
そんな密なる雰囲気を切り裂くように、玄関のインターフォンが鳴り響いた。
ジェリーは、急に現実に引き戻されてウルフの手をすり抜けて、立ち上がる。
胸の鼓動がドキドキと踊り狂っていて、息苦しい。
あれは、レイの顔をしているのに、レイではない。
レイには、何度も抱き付かれたり、触れ合って来たのに、こんな気持ちになった事はなかった。
そんな訳の分からない気持ちを振り払うようにして、ジェリーは小走りに玄関へと向かった。
扉を開くと、そこにはここ数週間と会えていなかった恋人の姿があった。
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