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「へ? いつ?」
「十一時四十七分だ。震源は十勝沖。マグニチュードは5.3。最大震度は十勝の大樹町あたりで震度4。ここいらでも震度3だったはずだ」
実に専門家らしい返答だった。いつものことだ。
「あー、外にいたからかな。わかんなかった」
多分、おにぎりとエゾリスの攻防を夢中で見ていたころだ。「そうかよ」と巌は麦茶をひといきで飲み干す。
「最近地震が頻発しているからな。次も大丈夫だなんて思わず気をつけろよ」
「これ以上どう気をつけるの?」
眉をさげて室内へ視線をやる。
玄関には調査用ではなく乙部家の防災グッズのヘルメットがかかっている。
家具にはしっかりストッパーをつけてあり、すべての部屋に懐中電灯と非常用のスリッパを完備だ。
携帯ラジオ、マスク等の衛生用品に風邪薬などの救急用品、防寒具、簡易トイレがひとまとめに整っている。食料や飲料水ストックはいうまでもない。
地震発生時の避難手順も月イチでミーティングをしている。
「地震を舐めるなよ? そもそも地震を予知するなんて不可能だからな。防ぐことなんてもっとできねえ」
「そうだけど」
「俺たちにできるのは備えることだけだ」
ドヤ顔で巌は断言した。
ああはい、と柚月は麦茶をすする。
いっていることは正しいしカッコいい。でも一日に何度も聞かされるとうんざりする。
「なんだよ。真面目に聞けよ」と柚月の反応に巌が不服そうな声を出したときだ。柚月のスマートフォンから着信音がした。SNSの新着メッセージ音だ。
仁奈か亜里沙かな?
そう思ってスマートフォンを手に取るとメッセージ主は陽翔だった。
同じクラスの男子だ。クラス全員から下の名前で呼ばれるほど慕われている男子だ。
抜群のコミュニケーション力があり、ぼんやりしていることが多い柚月は、気づくと陽翔から個人アカウントの登録をされていた。
『柚月―、なにしてた? 学祭の行灯デザインができたんだよ。どれがいい?』
メッセージに数枚の画像が続いていた。候補デザインらしい。
よくいえば味のある絵。正直にいえば下手くそな絵だ。とても高校生の作品とは思えない。
「なにこれ」
思わずクスリと笑いが漏れる。それから眉がさがる。
どうしてわたしに聞くのかなあ。クラス全体でのグループアカウントじゃなくて、個人的にメッセージが入ると、どうしても……好意とかもたれているのかな、って思っちゃうでしょ。
ううん、と胸でつぶやく。
勘違いしちゃ駄目。陽翔くんはただ人懐っこくて面倒見がいいだけ。他意はない。
クラスには陽翔くんラブの子たちが結構いるし。あの子たちを差し置いてなんて思うだけで気が重いし。
それにわたしは──。
ふっと、さっきの青年の顔が思い浮かんだ。目を丸くしておにぎりを頬張る青年の顔だ。なんで? 自分の連想にびっくりして、あわてて首を振る。
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