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沼田の声に小清水やまわりの避難者も笑顔でうなずいた。
「もう一個食べたくなる」、「そうだね。元気が出てくる」、「わかるー」と口々にいわれて公武の目元が赤くなる。「まだありますから是非どうぞ」と営業が声をかけると「じゃあ食べちゃう?」、「食べちゃおう」と明るい声がグランドに響いた。
楽しそうな笑い声を聞きながら公武が「柚月さん」と消え入りそうな声を出した。
「僕のおにぎりは、やっぱりまだ、柚月さんのおにぎりには到底およばないって思います」
ですが、と息を継ぐ。
「こうしてみなさんに喜んでいただけた。──一度にたくさんの人に届ける必要がある、今回みたいなときには有効だってわかりました。僕のやっていたことは、無駄じゃなかった。そう思えました」
公武はそっと繰り返す。無駄じゃ、なかった。「柚月さん」と公武はしっかりと柚月へ顔を向ける。
「それもずっと『おにぎりん』に付き合っていただいた柚月さんのおかげです。柚月さんがいなかったら、こうしてみなさんに喜んでいただけることもなかった。本当にありがとうございました」
胸が苦しくなる。この人は、いつだってこんなふうに謙虚で、いつもわたしにお礼をいってばかりだ。
だけど──。
「違います。わたしのおかげなんかじゃありません」
「え」
「公武さんがあきらめなかったからです。なんどもなんどもおにぎりを作って、うまくできなくてもがんばって。わたしはそれを見てきました。公武さんががんばっていたのを知っています。これは、公武さんががんばった成果です。すごいです」
公武が呆けたような顔になる。その公武へ満面の笑みを向ける。
「公武さん──よかったですね」
肩で大きく息を吸って公武はくしゃりと顔を崩す。そして答える。
「はい」
*
久しぶりに巌がやってきたのは、その翌朝だった。
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