2.あんたが阿寒を巻き込んだ松前さんかよ

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2.あんたが阿寒を巻き込んだ松前さんかよ

 早朝七時だ。  避難所でひと晩明かしたサッポロ・サスティナブル・テクニクスの一同とともに、朝ご飯のおにぎりの準備をしているときだった。  長机の準備をしていた柚月は自転車の音が聞こえた気がして顔をあげた。  グランドの入口に人影があった。 「お父さんっ」  布巾を放り出して柚月は走った。 「うおおい、えらく楽しそうじゃねえか」  笑いながら巌は柚月を抱きとめる。巌の顔には無精髭が目立ち目の下には濃い隈ができていた。 「ちゃんと寝てる? ご飯は食べている?」 「お前は大丈夫そうだな。安心した」 「ちゃんと答えてよ」となじる柚月の髪を撫でて「おう」と巌は背後へ声をかける。公武も駆けつけてきていた。 「毎日こいつの連絡をありがとうな。助かる」 「当然のことです。乙部先生もお疲れ様です。──道庁はさぞ大変なんでしょうね」 「愚痴しか出ねえな。んで? なにやってんだ? ひょっとしてアレはお前のロボットか?」  笑顔で首を伸ばした巌の顔がすぐさま鬼の形相になる。 「──なんだありゃ。なんでこんなに柚月に似ているんだ? 聞いてねえぞ」 「あ、えっとその」 「お前はー、情報関係のプロの癖に肖像権を知らねえのかよ。お前の会社はどうなってんだっ」 「大変失礼しましたっ」と背後から声が飛ぶ。松前だ。 「お知らせが大変遅くなり申し訳ありません。私はこういうものです」  松前は巌へ名刺を差し出す。一瞥(いちべつ)して巌も気だるそうにジャケットのポケットから名刺を取り出し松前へ差し出した。 「そうかよ。──あんたが阿寒を巻き込んだ松前さんかよ」 「乙部先生のお名前もうかがっております。お会いできて光栄です。お嬢様には弊社の阿寒が大変お世話になっております」  ふん、と巌は鼻を鳴らす。  その巌へ「よかったら召し上がってください。できたてです」と松前はウエットティッシュと『おにぎりん』のおにぎりを差し出した。  巌はそれを不機嫌そうに数秒眺め、「もらうわー」と手を伸ばした。  無表情であっという間に平らげる。「もうひとついかがですか?」と松前が差し出したおにぎりも間髪をいれず手に取り、数口で食べつくす。 「お父さん、喉につかえるから」とお茶を差し出した柚月を無視して、勝手に三つ目のおにぎりを松前から奪い取ると口へ入れていく。  最後に指についた米粒を舐めとり、これまた無言で柚月のお茶をヤケのようにあおった。  公武が真剣な顔つきで巌へ声を出した。 「──どうでしたか」 「うまかった」  パアッと公武の顔に笑みが広がる。 「前に食ったやつとは雲泥の差だった。こういう状況だから、なおさらうまく感じるのかもしれねえけどな。──がんばったな」  公武が口を閉じて肩で大きく息をした。それから鼻先を赤くして、「はい」と唇を震わせた。  すぐに「公武―、これどうすんだー」とワンボックス車から声がかかる。『おにぎりん』の前に長蛇の列ができていた。「うわ、失礼します」と巌へ断って、公武は声の方へと駆けていく。
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